(6)依存症に陥る人々

 人が生き生きと生きていくためには、ほっと心がなごみ、安心感に満たしてくれるものとの繋がりが不可欠だ。古き良き時代には、それがムラ共同体であったり、大自然であったりしたのだろう。そういった“心のエネルギー源”を失った現代人は、自分らしさを求めつつ、孤独感の中であえいでいる。自立への指向が強い人ほど、心の奥には、依存への強いあこがれがあるのだ。
 “その他大勢”の集団に埋没していくことなしに、この依存への無意識の願望をかなえる手段のひとつが、アルコール依存症、薬物依存症、摂食障害、人間関係への依存(共依存)等の「依存症」なのではないだろうか。形は違うが、狂信的な宗教集団への入信も、個性的な指導者への依存という側面が大きいのだろう。一般大衆には理解しがたい少数派集団であるという点から、集団に属しながらも「自分らしさ」を失っていないという自負をもつことが可能なのだろう。
 「自分らしさを失わず、よりよく生きたい」という真摯な気持ちをもった人々ほど、こういった依存に陥りやすいと言えよう。そういった真剣な思いを支えてくれる“心のエネルギー源”は、依存の他にはないのだろうか? その大きなヒントを与えてくれる、ある摂食障害の自助グループがある。

 NABA(日本アノレキシア・ブリミア協会)は、拒食や過食など、摂食障害に苦しむ人たちの自助グループである(HP:http://www8.plala.or.jp/NABA/)。NBNA共同代表の鶴田桃江さんの体験談は興味深い。
 鶴田さんが過食にはまったのは、高校生の時が始まりだったという。表面的には人と仲良くする振りはしていたが、心の中ではいつも孤独感にさいなまれていた。大学入学後には、ダイエットがきっかけとなって拒食と過食の往復となり、入退院を繰り返すようになった。そんな鶴田さんの転機となったのは、27歳の時のNABAとの出会いだ。同じ悩みをもつ仲間同士で心を開き合ううちに、だんだん気持ちが楽になってきたという。
 NABAの集まりに通うようになってから、同じ摂食障害者とはいえ、様々な人たちがいることに気づくようになった。学生、主婦、会社員…。なかには、社会の一線級で活躍しているような人もいて、多様な人とふれあうことができた。そして、「自分は自分でいいのだ」という確信が生まれ、12年間続いた摂食障害が止まったという。

 このような自助グループは、他にも、幼児虐待のトラウマに苦しむ人たちのグループなど、似たようなスタイルで効果を上げている。同じ苦しさを抱える者どうしが集まり、自らの体験を話すのだ。話したくない者は、聞くだけの参加でもよい。ただ聞く時は、なにもコメントを挟まず、ただただ耳を傾けるのがルールだ。批判されない、丸ごとを受け止めてもらえるという安心感の中で、苦しい体験を語りはじめると、涙が止まらなくなる人もいる。しかし話し終えた後は、不思議な安堵感に包まれるのだという。
 マイナス感情を抱え込んだままでいると、他者への怒りとなって暴発したり、自分自身への怒りとなって無力感が生まれたりする。しかし、コントロールすることなく、ありのままに表現することができると、感情自体がもつ回復へのプロセスが進みはじめるのだ。そのためには、ありのままを受け止めてもらえるという安心感が必要だ。

 ただこういった試みは、自助グループ自体が依存の対象となってしまう危険性もある。「自助グループこそが、自分の生命線だ」「自助グループなしには、自分は生きていくことができない」という思い込みが強くなりすぎると、グループの存続だけが唯一の判断基準となり、主体的な生き方を捨て去ることにもなりかねない。
 その点について、鶴田さんの話は明快だ。鶴田さんは、多様な人が集い、お互いが違いを認め合う会の雰囲気の中で、「自分らしく生きていいのだ」と気づき、孤独の“孤”から、個性の“個”へと自分の気持ちが変化していったという。自分らしさを捨てて人と繋がるのではなく、人と繋がることで自分らしさに目覚めていったのだ。
 自分の価値を人に認めてもらうことによって、生きる力が湧いてきたというよりも、自分の価値を自分自身が認めることによって、誇りを持って生きていく自信が湧いてきたのだ。ここには、現代人が求めるべき「心のよりどころ」の在りかが、はっきりと示されているのではないだろうか。

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★ダイジェスト版(後編)

■「親らしさ」が失われたわけ

 かつてこの国には、男らしい男や、女らしい女がたくさんいた。母親は母親らしくあり、父親は父親らしくあった。「これが、親というもの」という一定の行動パターンが、社会一般の“常識”として機能していた時代には、世間の目という縛りが安全弁の役割を果たしていた。ところが、そんな「古き良き時代」には負の側面があった。それは、「~のくせに」という言葉に象徴される。
 たとえば今の世の中で、「年寄りは、年寄りらしくしていろ」「年寄りのくせに、若い者のやることに口出しするな」と言い放つ政治家がいたとしたら、大問題になるだろう。「女のくせに」しかり、「貧乏人のくせに」しかり。ところが、「~らしさ」が機能していた時代には、「~のくせに」という言葉も大手を振ってまかり通っていた。その後、この国は、「人を年齢・性別・財産・社会的地位などで判断しない」という方向に歩みを進め、弱者の泣き寝入りが徐々に改善されてきた。それにともない、人々を隔てる“線引きの論理”の側面をもつ「~らしさ」が失われてきたのは、当然の流れなのだ。
 成熟した時代のキーワードは、「自分らしく」である。古い因習や世間の決めたステレオタイプにとらわれず、「自分らしい子育て」を模索できる時代だ。「それ以上も、それ以下も許さない」という社会的なワクが緩めば、個々の親の人生観が、如実に子育てに反映されるようになる。「自分らしい、より良い子育て」を模索して悪戦苦闘する親がいる一方で、自分勝手な論理で子育てをする親が出てくる。良くも悪くも、個性的な子育てが可能な時代になったのだ。その結果として、「親のタイプの二極化」が生じた。


■自由であることの大変さ

 無責任な子育てをしている親は、自由と自分勝手をはき違えている。それでは、より良い子育てを模索して努力する親は、自由というものを建設的な方向で使いこなせているのだろうか。
 昔は、子どもが生まれた瞬間に、世間が用意した「親らしさ」を受け取り、自然に母親・父親になることができた。しかし今の親たちは、子育てをしながら、「自分らしい母親像・父親像」を自力で発見していかなければならない。日本のように都市化や核家族化が急速に進み、地域の伝統や地縁血縁の繋がりから一気に切り離された経緯があると、よけいに戸惑いは大きい。ある意味、「自由であること」が「不自由であること」よりも大変なのは、そこに選択による自己責任が伴うからである。
 伝統的な育児法や母親像の代わりに、現代においては、たくさんの育児情報がある。胎教の是非から始まって、「自然分娩か否か」「母乳かミルクか」、「布オムツか紙オムツか」「早期教育は必要か否か」等々、たくさんの選択肢から何を選ぶかということは、わが子のことを思うと責任重大である。また、一旦決断した後も、「選択を誤ったかもしれない」という不安が絶えずつきまとう。子どものいたずらが過ぎるとか、引っ込み思案だとか、たとえそれが個性として心配するほどのものではないにしても、「どこで育て方を間違えたのだろうか」という不安がのしかかり、その結果、重苦しい親子関係になってしまうのだ。
 多様な出産法や早期教育など、誰も知らなかった時代。紙オムツもミルクも育児情報も、どこを探してもなかった時代。自分の母親も、祖母も、曾祖母も、昔からこうしてきた。隣の奥さんも、向かいの奥さんも、近所の人たちはみんなこうしている。だから私も、同じようにやるだけ。そのような時代は、なんと気楽だったことだろう。
 「自由に伴う不安」や「親の選択責任という重圧感」は、程度の差はあれ、若い親たちの心の底にとぐろを巻いている。経済的な貧しさや不便さという“外敵”に代わり、心理的な“内敵”が、前向きであろうとする親たちを苦しめる。子育てに悩む親の現状を、一般の人が理解しづらいのは、それがおもに「内なる戦い」だからである。


■“問題点探しと改善”の功罪

 「それにしても、心配しすぎではないか?」と思われる方もいるだろう。しかし、「気楽に考えることができない」という若い親のもつ傾向も、この国が歩んできた歴史の反映なのではないだろうか。
 映画『ALWAYS・三丁目の夕日』の舞台となっている高度経済成長前夜の日本。そこには、貧しくとも気楽に暮す人々の姿があった。しかし、産業や社会のシステムが高度化・複雑化してくると、素朴な気楽さだけではすまない状況が出てくる。昭和30年代に多発した鉄道事故や、公害病の発生などでは、「気楽さ」のもつ「ずさんさ」の側面が原因だった。「素朴な現状肯定」ではなく、「問題点に目を光らせ、改善策を実行する」ことが、新しい時代に生きる人々の安全には不可欠なのだ。と同時に、“問題点探しと改善”の原理は、工業や経済の発展を支え、弱者救済のための人権回復運動を可能にした。
 現在では、“問題点探しと改善”の原理は、私たちの生活全般に自然な形で浸透している。部屋の収納からダイエット法まで、まず欠点を洗い出し、改善の方法を考えていく。こういった発想は、現代の日本人にとってはごく自然なもので、よりよく生きるためには、“問題点探しと改善”以外の道は思い浮かばないのである。
 ところが心の問題や子育ての分野では、“問題点探しと改善”の原理が逆効果になってしまうことが多い。「先の段取りのことで頭がいっぱいで、毎日、バタバタしている」という余裕のなさは、「先を見通した目標設定や、段取りの消化」で常に頭がいっぱいだからである。「なんとかなるさ」という言葉は、死語になりつつある。「子どもや自分自身の悪いところばかりが、目についてしまう」という切迫感は、「問題点探しが、前進のための第一歩」だからである。「しかたがない」という良い意味でのあきらめは、現代人の辞書にはないのだ。


■コントロール神話の落とし穴

 “問題点探しと改善”の原理の根底にあるのは、「人為的・理性的なコントロールによってのみ、進歩・成長が達成できる」という“コントロール神話”である。ここから、2つの弊害が生まれてくる。ひとつは、「まあ、いいか」と、自然なプロセスを信頼してゆだねる気にはなれず、絶えざる自己努力と緊張の毎日になってしまうこと。もうひとつは、感情の暴走を防ぐには「理性によるコントロール」しかないという思い込みだ。これが、おおらかな感情表現が失われ、感情抑圧傾向が蔓延していることの大きな要因の一つになっている。
 「イライラが押さえられなくて、子どもへの暴力が止められない」という母親の相談を、しばしば受けることがある。そういった母親は、もともと、怒りの感情を無理に抑えようとするタイプの人が多い。感情がもつ“自然なプロセス”に身をゆだね、「喜怒哀楽の人間ドラマの中で、人と人との関係は自然に進んでいくものだ」と考えることができないのだ。大人社会全体を覆う閉塞感や、鬱(うつ)の増加の背後にも、同じようなメカニズムが見え隠れしているようだ。
 選択肢が少なく、地縁血縁のしがらみや自然の猛威に翻弄されることが多かった時代には、人々は嘆きつつも、「しかたがない」と気持ちを切り替え、現状を受け入れる技に長けていただろう。しかし選択肢が増え、努力や工夫しだいでより安全で快適な生活が手に入りやすくなった現代では、あきらめることができず、イライラしてしまうことが多い。そしてその結果、かえって悪い影響が出てしまうのだ。
 このような時、禅宗では、「“あきらめる”は“明らめる”に通ず」と教えるのだそうだ。「こだわりを捨て、良い意味であきらめることができると、物の道理が明らかになる」という意味で、なるほどと納得できる気もする。しかし、その考え方を実行に移すことは簡単ではない。“問題点探しと改善”の原理は、意識するしないにかかわらず、現代人の骨の髄までしみ込んでいるからだ。
 たとえば、イライラが押さえられなくて悩んでいる母親に、「もっと気楽に考えてみては」とアドバイスをしたとしよう。するとその母親は、こう答えるだろう。「そうなんです。気楽に考えられないところが、私の悪いところなんです。わかりました。今後は、気楽に考えられるように頑張ってみます!」。かくして、「気楽に」というアドバイス自体が、“問題点探しと改善”の原理を強化し、新たな緊張を生む結果となる。程度の差はあれ、現代人の心の中には、このような悪循環が潜んでいるのではないだろうか。こういった堂々巡りから抜け出すためのヒントは、実は、他ならぬ“子育て”の中にあるのだ。


■現代人の「自己回復」は、子どもに学べ

 買い物からの帰り道、母親は帰宅後の段取りで頭がいっぱい。そんな時に限って「あ、テントウムシ!」と叫ぶ子どもに、以前だったら、「いい加減にして。時間がないんだから!」とイライラしていた母親だったが…。「でも、子どもにつきあってみて、『テントウムシを見るなんて、何年ぶりだろう』と気づきました。よく見ると、テントウムシってとっても美しいんですね。思わずうっとり見つめていたら、なんだか心がホッとしました」。
 先の段取りを忘れて、子どもに戻ったつもりでわが子とじゃれあってみて、「肩の力が、ふーっと抜けていくのに気づきました」という母親。下手くそな絵を示して、自慢したがるわが子に、「欠点を気にしないって、すごい力だなあ」と発見した母親。「流れに身をまかせ、先のことを気にしない」「今、目の前にある幸せに気づく」といった、“古き良き時代の人”が自然に身につけていた気楽さ、現状肯定的なエネルギーを、今も多くの子どもたちは失わずに受け継いでいる。“掃除哲学”による世直しを提唱する鍵山秀三郎さんは、「“結果主義”ではなく、“プロセス主義”の大切さ」を説かれているが、まさに子どもは“プロセス主義”のチャンピオンなのだ。
 ある母親は、こう話す。「子どもって、泣くだけ泣いたら、怒るだけ怒ったら、あとはケロッとしている。だからストレスがたまらないのですね。だったら、私も遠慮せずに泣けばいいんだと気づいてからは、ずいぶん楽になりました」。日本の社会全体に蔓延している感情抑圧による閉塞感は、子どもに学ぶことによって、払拭されていくのではないだろうか。
 資料を当たってみると、高度経済成長を境にして、「育児不安」「子育ての悩み」が急増していることがわかる。育児不安の原因の一つは、「古き良き時代を生きている子どもVS古き良き時代を忘れた大人」という構図にあるのだろう。昔の人は、子どもと同じような価値観を失っていなかったので、子どもとのつきあいにも、今ほど違和感がなかったのではないだろうか。
 「親のタイプの二極化」により、親としての自覚に乏しく、無責任さが目に余る親たちが登場した。こういったタイプの親は、「大人になりきれていない」のだろう。しかしその一方で、より良い子育てを目指しながら、息切れしてしまっている親たちが確実に増えている。そういったタイプの親たちは、「大人になりすぎている」傾向がある。したがって、大人であること、親であることの過度の責任感を時々下ろし、「子どもに戻る」「子どもと楽しむ」ことによって、ふっと悪循環が断ち切れる場合が多い。日本の社会全体は、「子どもたちを何とかする」ことに汲々とするだけではなく、「子どもたちに何とかしてもらう」という視点も、必要なのではないだろうか。
 正反対のタイプの親をひとまとめの対象とした子育て支援策は、現代の親の心には響かない。個々の親がもつ個性や願いに即した「草の根的なサポート」こそが、未来を開いていくのだろうと痛感する日々である。

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★ダイジェスト版(前編)

■はじめに

 「今どきの若者は…」と嘆く声は、ギリシャ・ローマ時代からあったという。それにしてもショッキングな事件が頻発し、子どもの“育ち”の問題が連日のように報道される状況は看過できない。学校教育のあり方に問題があるのか、親の育て方のせいか。地域の教育力の低下、テレビやTVゲームの影響等々、各方面からさまざまな原因が指摘されている。しかし、子育て支援の現場からの発言が少ないことを、私はつねづね残念に思ってきた。親子の生の声に耳を傾け、その心のひだに寄り添い続けてこそ、初めて見えてくる真実があるのではないだろうか。
 私は長年、子育て相談(親子カウンセリング)にたずさわり、数百組の親子の立ち直りを援助してきた。そこで見られるのは、ごく普通の親子が、ちょっとしたボタンの掛け違いから、ずぶずぶと悪循環に陥っていく現実だ。そして“子育ての難しさ”の根っこには、この社会の思考様式の変化が深く関与していることに驚くのだ。
 相談室を訪れる子どもは、2歳から5歳ぐらいの幼児が多い。「そんな早いうちから問題が生じるとは、よほど特別な子どもだろう」と思われるかもしれない。しかし、そういった子どもたちは、現代の日本人全般に共通する“懸念すべき傾向”が早い時期に表面化しただけ、むしろ幸運とさえ言える。青少年の異常犯罪、引きこもりやニートの問題、大人のストレス性疾患の増加などの根っこにも、幼児の場合と同じような“苦しさのメカニズム”があるような気がしてならない。
 戦後の混乱から立ち直り、豊かな経済力を誇る国へと変貌を遂げていく過程で、私たちは何を得て、何を置き去りにしてきたのか、これからどこに向かって進むべきなのかが、子育てという小さな営みを通して、はっきりと見えてくるような気がする。


■責任者は誰だ?

 子どもの“育ち”に世間の関心が集まるたびに、教育改革が行われる。かつては詰め込み教育の弊害が叫ばれ“ゆとり教育”が打ち出されたが、最近では逆に、学力の低下が問題視される。国の方針が変わるたびに、現場の教師たちは右往左往してきた。
 1980年代、中学校での校内暴力がピークを迎えた頃、私は小学校教師をしていた。当時、中学校教師から、「小学校での指導に問題があるのでは?」と批判されたことがある。中学入学時から、やりにくい生徒が増えているのだという。1990年代に入り、今度は、小学校での学級崩壊やいじめの問題が深刻化してきた。そんな時期、小学校教師たちは、「幼稚園の指導のせいでは?」とささやきあった。入学式の途中であきてしまい、椅子の上に乗って後ろを眺めだす子どもは一人や二人ではない。1年生の教室でも、椅子に座っていられず、勝手に歩き回る子どもが大勢いる。入学してきた時から、あきらかに昔の1年生とは違うのだ。
 中学校は小学校を疑い、小学校は幼稚園・保育園を疑う。しかし、幼稚園のベテラン教師たちは口をそろえてこう言う。「入園の時から、今どきの子どもは難しく、私たちも苦労しているのです」。かくして責任者捜しの矢は、親へと突き刺さる。「非常識な親が増えてきましたからねえ」と嘆く幼稚園教師たち。それでは、子どもの変質の原因は、親の育て方の変化にあるのだろうか?
 もちろん、“とんでもない親”が増えているのは事実だろう。しかし、子育てに行きづまり相談室を訪れる母親たちは、ごく普通の常識的な親ばかりだ。「“当たり前の子育て”をしてきたはずなのに、なぜ?」という言葉は、自己弁護などではない。生育歴をたどってみると、親の育て方うんぬんの前に、子どものもつある種の「育てにくさ」が、親子関係の悪循環の引き金になっているケースが圧倒的に多いのだ。


■急にキレる子どもの心理

 昔はいじめっ子と言えば、「ドラえもん」に出てくるジャイアンのようなタイプの子だった。図太く単純で、行動がおおざっぱ。しかし最近、「友だちに手を出して困る」と相談を受けるケースでは、ジャイアンとは正反対のタイプの子どもたちが多い。もともとは臆病で神経質だった子が、ある時期を境に“いじめっ子”へと豹変しまうのである。
 入園以来、友だちへの乱暴が止まらない女児がいた。理由もなく突然手が出るので、目が離せない。「園に慣れてくれば、そのうち」と思っていたが、何ヵ月たっても収まる気配がなかった。母親が言い聞かせると、「うん、わかった。明日は頑張る」と言うのだが、次の日もまた手が出る。厳しく叱ると、チックや頻尿などが表れてきた。優しくしてもだめ、厳しくしてもだめという状態で、困り果てた母親は相談に訪れた。
 ジャイアン型のいじめっ子なら、成長と共に分別がつき、次第に落ち着いていくものだ。しかし非ジャイアン型の繊細な子は、強く叱るとストレスが溜まり、様々な神経症状が出てくる。かといって優しく諭しても、変化が見られないことが多い。それは子どもも、「やってはいけないこと」と頭ではよく分かっているからだ。ではいったい、どのように接していけばよいのだろうか。
 母親の話によれば、赤ん坊の頃から過敏で人見知りがはげしく、公園デビューもままならなかったそうだ。幼稚園へあがる時も、友だちになじんでいけるかと気を揉んだ。ところが入園後は、あっけなく母親から離れ、拍子抜けしたという。ふつう、新しい環境に不安を持つ子は、母親から離れるのを嫌がったり、先生にまとわりつき友だちに近づこうとしなかったりする。しかし、そんなふうに不安を訴えられる子は、だんだんに落ち着いていくのだ。ところが、平気な顔で不安を抱え込んでしまう子は、ちょっとしたきっかけで不安が恐怖に変わり、衝動的に手が出てしまう。
 この子の場合、母親と離れる際にダダをこねたり、先生にしがみついてベソをかいたりといった行動ができるようになってくると、友だちに手を出さずに済むようになった。そして数ヶ月後には、友だちと仲良く遊ぶ姿が見られるようになった。
 親が“よい子”を強要したわけではないのに、ホンネの気持ちをしまい込み、無理をする子どもたち。それはまるで、スマートな人間関係の裏でストレスにあえいでいる、現代の大人社会の縮図を見るようだ。


■「育てにくさ」のメカニズム

 「落ち着きがない」「根気が続かない」「友達の輪に入れない」等々、相談室には様々な悩みが持ち込まれる。その多くは“個性”の範囲を超え、育て方を工夫しても、どんどん悪循環になってしまうケースだ。そういった子どもたちは、泣き方に特徴がある。まず、めったに泣かない、いわゆる“感情抑圧傾向”をもつ子どもが多い。反対に、ちょっとしたことでギャーッと泣きわめき、大暴れになるタイプの子どももいるが、これは“感情抑圧の末の感情爆発”だ。泣き声が異様なのは、喉に力を入れて泣くことを止めようとしているからで、無理に我慢しようとするから、逆に長泣きになってしまう傾向がある。しかしこういった子どもたちも、豪快に泣いたり、甘えるように泣けるようになってくると、ほとんど例外なく問題が改善されていく。
 「泣くこと」に関する学術的な研究は、日本ではあまり注目されていないようだ。アメリカでは、「泣くことには、ストレスの発散作用がある」とするウィリアム・フレイ二世(William H. Frey II)の研究がある。迷子になった子どもは、親の顔を見たとたんにワッと泣き出すことがあるが、不安な状態が去ったのだから泣く必要はないはずだ。しかしそれは、不安な気持ちを親に訴えることにより、心に溜まったストレスを吐き出しているのだ。したがって、泣きに抑圧がかかっている子どもは、周囲の大人が気づかないうちにストレスをため込んでしまう。
 泣き下手・甘え下手の子どもの中には、すでに乳児の頃から、その傾向が見られるケースも少なくない。ふつう乳児は、抱いてやると身を任せてくる。この微妙な呼応動作によって親子の一体感が生まれ、わが子への愛情がはぐくまれる。しかし、感情抑圧傾向のある乳児は、抱いてやっても体に力が入ったままで、母親に身を任せようとしない。絶えずモゾモゾと落ち着かず、母親から目をそらすように体を反り返らせる。身体感覚を通して感じられる“心理的な壁”は、母親の感情に微妙な影を落とし、「なぜかわが子に対して愛情が湧いてこない」という事態を引き起こすのだ。
 感情抑圧傾向をもつ子どもの「育てにくさ」は、いつも一緒にいる母親でなくては実感として分かりにくく、周囲の人に理解してもらえないことが多い。母親自身も、「自分の愛情不足のせい」「育て方が悪いからだ」と、一人で思い悩んでいるケースが少なくない。


■「甘え下手」から派生するもの

 今、保育園・幼稚園では、落ち着きのない子どもへの対応に苦慮している。子どもは本来活動的で、何かに興味をもつと動きだしてしまうものだ。しかし最近の子どもは、無目的にふらふらと徘徊する傾向がある。こういう子はリラックスしているように見えて、実は緊張レベルがとても高く、動き回ることによって緊張した体の不快感をまぎらわせようとしているのだ。くすぐったがり屋なのも、体の緊張のせいだ。
 血がにじむほどのひどい爪噛み、指しゃぶり、髪を引き抜く、性器をいじる、体を掻きむしる、物なめ、歯ぎしり等々、限度を超えた癖も、体の緊張レベルが高い子どもに多い。こういった癖も、特定の身体感覚に没入することによって、不安や緊張をごまかそうとする“まぎらわしの行動”なのだ。
 多動傾向も、ひどい癖も、過緊張が原因なので、叱るとかえって緊張が高まり、逆効果になってしまうことが多い。そして過緊張の裏には感情抑圧がある。感情解放を促す方向での親子カウンセリングが進み、子どもが泣き上手・ダダこね上手、甘え上手になっていくと、体の緊張レベルが下がり、困った行動は確実に減っていくのだ。
 最近は、極端に寝つきが悪い、眠りが浅い、寝る前にいつもかんしゃくを起こすといった、睡眠に問題がある子どもも増えている。こういったケースの背景にも過緊張があり、感情解放ができるようになると、改善に向かうことが多いのだ。
 小学校教師をやっていた経歴から、学習指導に関する相談を受けることがある。根気や集中力に欠け、やればできるのに、がんばろうとしないというのだ。こういう子どもにも、過緊張や感情抑圧傾向が見られる。甘え下手で、「もし分からなければ、助けを求めればいい」という安心感がないため、意固地に一人で無理をして行きづまったり、最初から苦しくて意欲が出ないのだ。“自立”を促そうとすると“孤立”に陥り、“集中力”を鍛えようとすると“過緊張”になってしまう子どもたち。こんなタイプの子に必要なのは、むしろ“依存”や“弛緩”なのだ。
 相談室を訪れる子どもたちは感情抑圧傾向が強く、その結果、早い段階で行動に破綻をきたしている。しかしそのぶん早めに対応できるので、感情解放や自己表現を促していけば予後は悪くない。問題はむしろ、矛盾が表面化しないまま大きくなっていく子どもたちだろう。周囲の大人が気づかないうちにストレスをため込み続けた場合、事態は深刻だ。さまざまな事件の報道に接した時、背後に感情抑圧のメカニズムの存在を感じることがあまりにも多い。
 事件には至らないまでも、今どきの若者は、あたりさわりのない会話に終始していることが多い。「ホンネをぶつけ合い、失敗を重ねながら仲間との関係を作っていく」というやり方は、リスクが大きすぎると感じているのだろう。しかしそういった中で、人の顔色をうかがいながら人間関係を結んでいくのはとても疲れることだ。「ケンカはしても、心の底では通じ合っている」と確信できた昔とは違い、他人との関係に疲れ切ってしまう人が増えているのも当然なのだ。
 いや、ホンネをしまい込むというより、「自分のホンネの気持ちがどこにあるのか」が、自分でもよくわからなくなってしまっているふしがある。子ども時代のむき出しの感情表現は、自分自身と出会う体験でもあるのだが、生の感情を早々にしまい込んでしまう傾向があると、自己像がつかめないまま大きくなってしまうのだ。
 映画『ALWAYS・三丁目の夕日』に描かれているような古き良き時代、おおらかな感情表現が当たり前だった時代には、人々は活力にあふれていた。ところが感情抑圧傾向が社会全体に蔓延した現代は、生きづらさを感じる人が増えている。その影響をもろに受けているのが「親と子」なのだ。
 「後編」では、親の側が抱える事情について、詳しく見ていくことにしたい。

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(5)境界線としての怒り

 ある文化人類学者は、近代化を拒み、伝統的な文化を固持し続けている部族を観察し、彼らが怒ることを知らず、「怒り」を意味する言葉も持たないことに驚いたという。ただ、怒りに相当する感情が表れるのは、他の共同体から、その文化の伝統を侵された時だけだ。そのような時には、戦いが起こる。それは、いわば“共同体としての怒り”だ。
 ムラ共同体の成員全員が同じ価値観をもち、一心同体のような暮らしをしている時、成員同士には自他の区別意識はほとんど生じない。自他の区別はムラの内・外であり、アイデンティティーを守る“境界線”は、ムラ共同体が用意してくれていた。
 このように怒りの感情には、自他を区別する働きがある。周期的に起きる戦争は、怒りの発散の場を提供すると共に、同方向の怒りを共有することにより、共同体の成員同士の絆を深める役割も果たした。戦前の日本の社会においても、同じような傾向があったのではないだろうか。そこには、「おらがムラ」ではなく、「おらが国」という境界線意識が存在していた。

 戦後の日本における代表的な怒りは、学生運動・反戦運動・市民運動といった“民主化闘争”に見ることができる。そこでの境界線は、「反体制側」と「体制側」の間に引かれた。大企業や政府与党といった“敵”を前に、庶民は団結を誓い、連帯感を高めていったのだ。体制側に向けての「怒りの発散」が封じ込められた時、内ゲバという形での怒りの感情の発散に走らざるを得なかったことは、ある意味、当然の帰結だったかもしれない。しかし大多数の人々は、個々人の内に怒りを内在化することによって、事態を収拾させていった。
 「同じ国民」「同じ庶民」という幻想が打ち砕かれていった結果、境界線は、自己と他者の間に引かれることになる。外圧的な縛りや帰属意識から解き放たれ、「自分らしさ」を指向する現代的な生き方は、必然的に個人主義を選択する。“境界線”は自分と隣人との間に生まれ、境界線を侵し安全を脅かす者に対しては、“個人としての怒り”を用意していく必要があるのだ。
 集団的な怒りの発散の場は期待できなくなり、その一方で、怒りの共有による他者との一体感や親密な関係が失われ、孤立感にさいなまれる。そして抑圧された怒りは、慢性的なイライラとなって、人々を苦しめるのだ。

 戦争が起これば、慢性的なイライラは解消に向かうのかもしれない。狂信的な集団に所属すれば、個人的な怒りは静まるのかもしれない。しかし、せっかく手に入れた「自由」を手放すことによってしか、心の平安は取り戻せないのだろうか。
 自分らしさを捨て、“その他大勢”の価値観を甘んじて受け入れることによって、安心感を得ていくのか。安心感への願望を断ち、孤立感にさいなまれながら、自分らしさを追求していくのか。この2つの選択肢しか、現代人には残されていないのであろうか。

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(4)じゃれあいが許されない社会

 ある中小企業に勤める人から、古き良き時代の忘年会でのエピソードを聞いたことがある。
 若手社員が酔った勢いで、禿頭の社長に向かって、「ハゲ! ハゲ!」とからみはじめた。まわりの者は止めようとしたが、当の社長は、平然とした顔で酒を飲み続けている。するとその社員は、今度は、マヨネーズのチューブを持ち出し、社長のつるつる頭に塗り始めたのだ。それでも、平然と杯を重ねている社長。そして、頭の塗られたマヨネーズを、社員がペロペロ舐めはじめたところで、さすがにまわりの者が力ずくでやめさせたという。しかしその後も、社長はニヤニヤしながら、何事もなかったように飲み続け、おとがめは一切なかったそうだ。
 なかなか肝っ玉のすわったすごい社長だったようだ。しかし、ただマヨネーズを塗っただけではただの嫌がらせだが、それを舐める行為はいわば親愛の証である。そのことを社長はちゃんと感じ取っていたのだろう。無礼な行動だが、それは子どもが親にじゃれつくようなものだ。どこか腹の奥深くで人間同士が繋がっていた時代は、多少羽目をはずしたところで、すぐに人間関係が破綻してしまうことはなかったのだ。
 しかしこのことは、もともと厳然としたポジションが決まっていて、最後に収まるべき位置が決まっていたからこそのことだったのではないだろうか。

 地縁・血縁による上下関係が厳然と存在していた時代には、一方で、無礼講としての悪ふざけが大目に見られた。非日常的な場面で羽目を外したとしても、それは、日常的なワクを揺るがすものではなかったからだ。小競り合いやケンカも、理性によってではなく、社会的なワクに裏打ちされた「場のもつ限界」によって収束していった。
 ところが、古い社会の因習や差別構造を捨て去り、自由と平等を目指してボーダレス化が進んだ現代社会においては、「不文律としての“場のもつ限界”」という安全弁が機能しなくなる。卒業式を終えた後の“教師へのお礼参り”や、成人式の後の乱痴気騒ぎは昔からあった。しかし、卒業式や成人式そのものを台無しにするような悪ふざけは、ボーダレス社会のひとつの反映だろう。
 自由を許さない社会的なワクは、じゃれあいの暴走を未然に食い止める働きもしていた。しかし社会的なワクが緩み、自由が謳歌できるようになった現代では、自前の理性を働かせて、自ら感情の暴走を食い止める必要があるのだ。

 「同年齢の友だちとの関係がうまくいかない」という子どもも、大人との関係や、年上や年下の子どもとの関係は安定していることが多い。上下関係がはっきりとしている人関係は、距離のとり方が容易なのだ。
 母親たちからは、「ママ友だちとの、距離のとり方が難しい」という声を聞く。それぞれの家の格式や上下関係が明らかだった時代においては、それに応じた固定的な距離のとり方でがはっきりとしていた。しかし自由で流動的な人間関係では、人との距離のとり方が難しく、個々人の試行錯誤が必要となる。
 一番無難なのは、ホンネの気持ちをしまい込んだまま接するということだろう。しかしそうなると、お互いのホンネがますます見えなくなり、仲間はずれにならないように、相手の顔色をうかがうようになってしまうことになる。じゃれあいを許容しあうな“ざっくばらんな関係”を望むのは、危険なカケなのだ。

 このような「自由のもつ負の側面」に閉塞感を覚え、狂信的な集団に身を投じる人々がいる。そういった人たちは、その集団独自のさまざまな制約に縛られ、ワクを与えられることにより、やっと安心感が持てるようになるのだ。
 かつてのナチスドイツがそうだったように、自由な社会がもつ「自己責任・自己決断の大変さ」は、固定的な行動規則へのあこがれを生む。現代の日本の社会がもつ閉塞感を解消する道も、「自由からの逃走」しかないのだろうか。

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