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(1)「抱きしめてあげて」というCMの功罪

 幼い子どもを車内に閉じ込めたまま、パチンコに興じ、熱射病で死なせてしまった夫婦。泣き声がうるさいという夫に言われるがままに、赤ん坊を簡単に“始末”してしまう母親。最近は、耳を疑いたくなるような事件が多すぎて、どの事件がどれだったか、思い出せなくなるほどだ。
 事件にまで発展するのは、ほんの氷山の一角にすぎないだろう。子どもにカップラーメンしか食べさせない親。車のローンを優先させ、子どもの給食費を滞納する親。大人としての自覚のない親が、今のこの国にはたくさんいるらしい。

 『抱きしめる、という会話』という公共広告機構のCM(2003年)が、話題になったことがある。「自分の子どもなのに愛し方がわからない。まず、子どもを抱きしめてあげて下さい。ちっちゃな心は、いつも手を伸ばしています」というメッセージは、当時、多くの人の共感を呼んだ。子どもに愛情を注ぐということは、そんなに難しいことではない。ちょっとした心がけで、育児放棄や幼児虐待は防げるのだという趣旨だろう。
 ところが、あのCMを見て、ますます苦しい思いを抱え込んでしまった母親たちがいた。「わが子を叩いてしまう」と相談に訪れたSさんも、その一人だった。

 2歳の息子の口ごたえが許せない。特に、「ママ、きらい!」の一言が引き金になることが多く、いつも手が出てしまった後で、はっと我に返る。そして、泣きだした子どもをよそに、布団をかぶったまま、自己嫌悪でもんもんとしているのだという。
 「大人げのなさに、自分でもあきれてしまいます」と苦笑いするSさん。表情を見る限りでは、それほど深刻に思いつめている様子はない。しかし、子どもを叩く回数が日ごとに増えていることを思うと、やはり“幼児虐待予備軍”と言える。
 もともと、あまり子ども好きではなかったそうだ。それが、赤ん坊が生まれると、可愛くて仕方がなかったという。ところがハイハイが始まり、いたずらをするようになった頃から、怒りが抑えられなくなってきた。これではいけないと、育児書を読みあさって努力してみたが、よけいにストレスが溜まり、怒鳴ることが増えてしまったという。
 「書いてあるのは、すべて、もっともなことなのです。他の母親だったら、当たり前にやれているようなことばかり。でも私には、それができない。そう思うと、ダメな自分が責められているようで、読めば読むほど苦しくなってきました」とSさん。

 育児書ばかり読んで、頭でっかちになるからいけないのだ。もっと肩の力を抜いて、楽な気持ちで子育てをしていけばよいのだ。そう思う人もいるだろう。実際、Mさんも、周囲の人から、そのようにアドバイスされた。しかしMさんは言う。「でも、ダメなんです。肩の力を抜こうと思っても、つい力が入り、いろいろと考えすぎてしまって…。自然体になれないところが、私の一番の問題なのかもしれません」。
 なにもかも、よくわかっているのだ。なのに自分の気持ちが抑えられない。思いあまって、心療内科を訪ねたことがあった。簡単に話を聞いてもらった後は、精神安定剤を処方された。だが、帰り際に言われた「まあ、気にしすぎないで」という一言に、打ちのめされたという。「気にしすぎるから、ダメなのだ」と責められたようで、1ヵ月ほど、気持ちが沈みっぱなしだったそうだ。

 いろいろ話をしているうちに、『抱きしめる、という会話』のCMの話題になった。その瞬間、Sさんの顔色がさっと変わったのだ。「気持ちが落ち込むと、子どもに寄ってこられるだけでイライラしてしまうんです。そこで抱きしめてあげればいいということは、よくわかっています。でも、突き飛ばしたい気持ちを必死に抑えながら、『あっちに、いってて』と言うのがやっと…。あのCMを見るたびに、つらくなります」。Sさんは、苦渋に満ちた表情をさらけ出した。にこやかな表情は見せかけで、本当は、そうとう追いつめられていたのだ。

 そんなSさんに、私はこう声をかけた。「一生懸命やってきたのにね。本当はお子さんが大好きで、抱きしめてあげたいのにね…。でも、そうしてあげられないなんて、苦しいね」。Sさんの目から、ボロボロと涙がこぼれた。

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