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(7)テレビ漬けは、子どもをダメにするか?

 私が生まれたのは昭和30年代前半で、物心がついた頃、わが家にはすでにテレビが鎮座していた。「鉄腕アトム」「鉄人28号」など当時の子ども番組の主題歌を、今でもかなり正確に思い出せることを思うと、私はかなりのテレビっ子だったのだろう。
 そんな私だから、子育てを始めた時、子どもをテレビ・ビデオ漬けにしないまでも、いっさい見せないでおこうとは思わなかった。そんなことをすれば、テレビ好きの私の方が、先にストレスで参ってしまう。それに、テレビ番組を通して知識が増えたり、人として大切なことを学んだりすることもあるだろう。そんなことを思いながら、あまり気にしないでほどほどに見せていたが、それで特に困った事態に陥った覚えはない。
 「テレビ・ビデオは子どもの成長に悪影響を与えるから、絶対に見せてはいけない」と主張する人がいる。だとすれば、多くの子どもたちが相当なダメージを受けているはずだが、あまりそのような話は耳にしない。「おかしな子どもたちが増えてきていることが、その証拠だ」と言われても、説得力に欠ける気がする。
 しかし、「悪い影響はまったくないと言えるのか?」と問われたら、「ない」とも答えられない。というのも、テレビから悪い影響を受けてしまった子どもたちに、何人か会ったことがあるからである。

 私のところには、言葉の遅れが心配で相談にみえるケースがある。その中には、「テレビを片づけたら、急に言葉が出てきた」という場合が時々あるのだ。それは、私が指示したのではなく、あくまでも親が考えて実行した結果なのだが。一方で、「テレビを片づけても、言葉の成長には、なんら変化は見られなかった」という報告を受けることも多い。この違いはどこにあるのだろうか。
 テレビから悪い影響を受けてしまう子どもには、ある共通点がある。子どもがテレビを見ている様子を観察すると、生き生きとした躍動感が感じられないのだ。ニコニコしながら見ているようでも、ビデオの同じ箇所を何度もリピートしてみたり、子どもが興味を持つとは思えないような内容の番組をボーッと眺めていたりする。つまりこれは、“まぎらわしの行動”なのだ。
 かまってほしいと親に対してダダをこねたり、甘えてきたりといった行動を通して、子どもは自己表現の技術を身につけていく。しかし、親への欲求表現を我慢してしまう子どもは、人と関わることや感情表現へのモチベーションを早くから失ってしまうのだ。したがって、テレビ・ビデオの視聴が、その子どもにとっての“まぎらわし”の手段だったとすれば、それらを見せないことで、言葉の発達を促すことができる。
 しかし、別のことがまぎわらしの手段になっている子どもの場合は、テレビを片づけてもなんら変化は見られないだろう。またテレビを片づけたとしても、指しゃぶりや物なめなど、新しい“まぎらわし行動”に移行してしまったなら、自己表現にはブレーキがかかったままなのだ。

 もっとも、テレビを消そうとすると、異常なまでに怒り狂って暴れ続ける子どもがいる。親の目からすると、「本当に好き」としか思えないのだが、これは、テレビが“まぎらわし”の手段になっている子どもの特徴だ。まぎらわしの手段が奪われたため、心の中にため込んでいたマイナス感情が一気に吹き出てきたのである。相談室では、「本当はママと遊んでほしいのに、ずっと我慢していたんだよね」と受け止めてあげてとアドバイスをしているが、そんなバトルを繰り返すうちに、子どもはホンネの要求を表現してくれるようになる。つまり、親にかまってもらおうと甘えてくることが増えてくるのだ。
 もともと感情抑制傾向をもたない子どもは、親が楽をしようと思ってテレビを見続けさせようとしても、そのうち飽きてしまい、かまってもらおうとダダをこねはじめるはずだ。テレビもビデオも、「パパやママに甘えることの快感」には勝てないのだ。

 テレビやビデオ自体が悪いわけではない。もともと感情抑圧傾向がある子どもにとっては、魅力的なものほど、あるいは刺激の強いものほど、“まぎらわし行動”の対象になりやすいのだ。
 同じことが、TVゲームについても言える。「内なる世界の構築」と「他者とのナマの感情の交流」とのバランス感覚に優れた子どもだったとしたら、ほどほどのところでTVゲームに飽きてしまい、それがまぎらわしの手段になることはないだろう。しかし、感情抑圧という時代の風を受けている子どもの場合、TVゲームにのめり込み、よりいっそう感情抑圧が強化されてしまう危険性が高いのではないだろうか。
 しかし、「TVゲームをさせない」という単純な発想は、「まぎらわしとしての癖を、表面的な行動だけを見て禁止する」というのと同じことだ。感情抑圧傾向自体がそのままだったとしたら、新しい、そしてより屈折した感情抑圧の手段へと移行してしまうだけなのだ。

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