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(8)“問題点探しと改善”がもたらしたもの(その2)

 ある地方で、農業に従事する青年と話す機会を得た。農家の長男に生まれ、なんとなく父親の跡を継いだのだそうだ。“ゆるんだ生き方”の典型のような人物で、畑の傍らでのんびりと一緒におしゃべりをしていると、その純朴さに心が洗わるようだった。「どーってこと、ねえよ」が口癖の彼は、その言葉通り、細かいことは気にしない大雑把な性格だ。そのせいか、お子さんたちも実にのびのびと子どもらしく育っている。
 ところが話の途中で、彼の携帯電話が鳴った。手短な会話のあと電話を切った彼は、畑の周辺に落ちている袋を急いで拾いはじめた。そしてそれらを倉庫の奥の方に押し込んだ後、ニヤニヤしながら、こう話してくれた。「生協のやつらが、見に来るって言うんでね。農薬の袋はまずいだろ」。彼は、ある生協と契約し、“無農薬野菜”を出荷しているのだという。ところが実際は、こっそりと農薬を使っているのだ。怪訝な顔でいる私に、「農薬を使わないって、そんなわけにはいくまいよ。なあに、うちだって、毎日この野菜を食ってるんだもの、平気、平気」と言いわけをし、屈託のない笑顔で「どーってこと、ねえよ」と言い放ったのだった。

 “ゆるんだ生き方”が支配的だった時代には、問題点を指摘しようとすると、「そんな細かいこと、気にしなくても」と煙たがられることが多かった。「だいじょうぶ、だいじょうぶ」という言葉で、システムや設備の不備が放置されたままになり、ずさんな管理が横行していた。しかし、機械化以前の農業や小規模な町工場など、前近代的な産業しかなかった時代には、それでも大きな問題には発展しなかったのだ。多少の失敗があっても、その場しのぎの対応さえすれば、大きな被害は出さずに済んだ。経験や素朴な五感を頼りにして、危険を回避することもできた。
 しかし、産業のシステムが高度化・複雑化・大規模化してくると、「傷にはツバでもつけておけ」という発想のままでは、大変なことになってしまう。実際、“ゆるんだ生き方”が色濃く残っていた高度経済成長期前半には、それを象徴するような事故が多発した。たとえば、281名の死傷者が出た「鶴見事故」(1963年)、さらに死傷者が456名におよんだ「三河島事故」(1962年)など、旧国鉄時代の大事故はこの時期に集中している。水俣病、四日市ぜんそくなどの公害病も、ずさんな管理が生んだ悲劇だった。
 “力”を手に入れた者は、「“力”のもつ可能性」を知ること以上に、「“力”のもつ危険性」を学ばなければらない。そして、経験や勘に頼ることの限界を知り、“問題点探しと改善”という行動パターンのもと、きめ細かな安全管理の手を抜いてはならないのだ。

 一方で“ゆるんだ生き方”が支配的だった時代は、不正をも甘受してしまう状況にあった。政治家・官僚・資本家といった既得権益の上にあぐらをかき、甘い汁を吸い続ける人々の方便は、「まあ、堅いことは言わずに」である。“ゆるんだ生き方”の「お人好しの庶民」のままでは、はぐらかされ続けるだけだった。「矛盾点を鋭くついていく」という“ゆるまない生き方”を学び、理論武装をしていく必要があったのだ。
 高度経済成長期後半には、安保闘争ともあいまって、労働者の権利を守る運動、被差別者の人権を回復する運動など、大衆レベルの反体制的な運動が盛んになった。「弱者が泣き寝入りをしないための社会変革」には、「“諦める”は“明らめる”に通ず」という考え方は役に立たなかったのだ。

 このように“ゆるまない生き方”は、日本の社会に富と繁栄をもたらし、庶民の安全を守り人権を擁護する手段としても大きな役割を果たした。もちろんそれは完璧なものは言えず、不正や理不尽はいまだに横行している。しかし、医療過誤裁判ひとつをとってみても、“ゆるまない生き方”の原理が生かされており、以前の日本の社会だったら、「お医者様のやることだから、しかたがない」と泣き寝入りをしていたことだろう。
 “問題点探しと改善”は、今やあらゆる分野において、よりよい社会を目指す人たちがとる共通の行動パターンとなった。

 ところが心の問題や子育ての問題では、“問題点探しと改善”の道をひたすら突き進むこの社会の方向性が、“凶”と出てしまっているのだ。そこでは、いったいどのような事態が進行しているのだろうか? そこから抜け出す道はあるのだろうか?
 その点に関して重要な示唆を与えてくれる試みが、今、低出生体重児のケアに携わる医療の最前線で行われている。

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