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2008年3月16日 - 2008年3月22日

(5)境界線としての怒り

 ある文化人類学者は、近代化を拒み、伝統的な文化を固持し続けている部族を観察し、彼らが怒ることを知らず、「怒り」を意味する言葉も持たないことに驚いたという。ただ、怒りに相当する感情が表れるのは、他の共同体から、その文化の伝統を侵された時だけだ。そのような時には、戦いが起こる。それは、いわば“共同体としての怒り”だ。
 ムラ共同体の成員全員が同じ価値観をもち、一心同体のような暮らしをしている時、成員同士には自他の区別意識はほとんど生じない。自他の区別はムラの内・外であり、アイデンティティーを守る“境界線”は、ムラ共同体が用意してくれていた。
 このように怒りの感情には、自他を区別する働きがある。周期的に起きる戦争は、怒りの発散の場を提供すると共に、同方向の怒りを共有することにより、共同体の成員同士の絆を深める役割も果たした。戦前の日本の社会においても、同じような傾向があったのではないだろうか。そこには、「おらがムラ」ではなく、「おらが国」という境界線意識が存在していた。

 戦後の日本における代表的な怒りは、学生運動・反戦運動・市民運動といった“民主化闘争”に見ることができる。そこでの境界線は、「反体制側」と「体制側」の間に引かれた。大企業や政府与党といった“敵”を前に、庶民は団結を誓い、連帯感を高めていったのだ。体制側に向けての「怒りの発散」が封じ込められた時、内ゲバという形での怒りの感情の発散に走らざるを得なかったことは、ある意味、当然の帰結だったかもしれない。しかし大多数の人々は、個々人の内に怒りを内在化することによって、事態を収拾させていった。
 「同じ国民」「同じ庶民」という幻想が打ち砕かれていった結果、境界線は、自己と他者の間に引かれることになる。外圧的な縛りや帰属意識から解き放たれ、「自分らしさ」を指向する現代的な生き方は、必然的に個人主義を選択する。“境界線”は自分と隣人との間に生まれ、境界線を侵し安全を脅かす者に対しては、“個人としての怒り”を用意していく必要があるのだ。
 集団的な怒りの発散の場は期待できなくなり、その一方で、怒りの共有による他者との一体感や親密な関係が失われ、孤立感にさいなまれる。そして抑圧された怒りは、慢性的なイライラとなって、人々を苦しめるのだ。

 戦争が起これば、慢性的なイライラは解消に向かうのかもしれない。狂信的な集団に所属すれば、個人的な怒りは静まるのかもしれない。しかし、せっかく手に入れた「自由」を手放すことによってしか、心の平安は取り戻せないのだろうか。
 自分らしさを捨て、“その他大勢”の価値観を甘んじて受け入れることによって、安心感を得ていくのか。安心感への願望を断ち、孤立感にさいなまれながら、自分らしさを追求していくのか。この2つの選択肢しか、現代人には残されていないのであろうか。

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(4)じゃれあいが許されない社会

 ある中小企業に勤める人から、古き良き時代の忘年会でのエピソードを聞いたことがある。
 若手社員が酔った勢いで、禿頭の社長に向かって、「ハゲ! ハゲ!」とからみはじめた。まわりの者は止めようとしたが、当の社長は、平然とした顔で酒を飲み続けている。するとその社員は、今度は、マヨネーズのチューブを持ち出し、社長のつるつる頭に塗り始めたのだ。それでも、平然と杯を重ねている社長。そして、頭の塗られたマヨネーズを、社員がペロペロ舐めはじめたところで、さすがにまわりの者が力ずくでやめさせたという。しかしその後も、社長はニヤニヤしながら、何事もなかったように飲み続け、おとがめは一切なかったそうだ。
 なかなか肝っ玉のすわったすごい社長だったようだ。しかし、ただマヨネーズを塗っただけではただの嫌がらせだが、それを舐める行為はいわば親愛の証である。そのことを社長はちゃんと感じ取っていたのだろう。無礼な行動だが、それは子どもが親にじゃれつくようなものだ。どこか腹の奥深くで人間同士が繋がっていた時代は、多少羽目をはずしたところで、すぐに人間関係が破綻してしまうことはなかったのだ。
 しかしこのことは、もともと厳然としたポジションが決まっていて、最後に収まるべき位置が決まっていたからこそのことだったのではないだろうか。

 地縁・血縁による上下関係が厳然と存在していた時代には、一方で、無礼講としての悪ふざけが大目に見られた。非日常的な場面で羽目を外したとしても、それは、日常的なワクを揺るがすものではなかったからだ。小競り合いやケンカも、理性によってではなく、社会的なワクに裏打ちされた「場のもつ限界」によって収束していった。
 ところが、古い社会の因習や差別構造を捨て去り、自由と平等を目指してボーダレス化が進んだ現代社会においては、「不文律としての“場のもつ限界”」という安全弁が機能しなくなる。卒業式を終えた後の“教師へのお礼参り”や、成人式の後の乱痴気騒ぎは昔からあった。しかし、卒業式や成人式そのものを台無しにするような悪ふざけは、ボーダレス社会のひとつの反映だろう。
 自由を許さない社会的なワクは、じゃれあいの暴走を未然に食い止める働きもしていた。しかし社会的なワクが緩み、自由が謳歌できるようになった現代では、自前の理性を働かせて、自ら感情の暴走を食い止める必要があるのだ。

 「同年齢の友だちとの関係がうまくいかない」という子どもも、大人との関係や、年上や年下の子どもとの関係は安定していることが多い。上下関係がはっきりとしている人関係は、距離のとり方が容易なのだ。
 母親たちからは、「ママ友だちとの、距離のとり方が難しい」という声を聞く。それぞれの家の格式や上下関係が明らかだった時代においては、それに応じた固定的な距離のとり方でがはっきりとしていた。しかし自由で流動的な人間関係では、人との距離のとり方が難しく、個々人の試行錯誤が必要となる。
 一番無難なのは、ホンネの気持ちをしまい込んだまま接するということだろう。しかしそうなると、お互いのホンネがますます見えなくなり、仲間はずれにならないように、相手の顔色をうかがうようになってしまうことになる。じゃれあいを許容しあうな“ざっくばらんな関係”を望むのは、危険なカケなのだ。

 このような「自由のもつ負の側面」に閉塞感を覚え、狂信的な集団に身を投じる人々がいる。そういった人たちは、その集団独自のさまざまな制約に縛られ、ワクを与えられることにより、やっと安心感が持てるようになるのだ。
 かつてのナチスドイツがそうだったように、自由な社会がもつ「自己責任・自己決断の大変さ」は、固定的な行動規則へのあこがれを生む。現代の日本の社会がもつ閉塞感を解消する道も、「自由からの逃走」しかないのだろうか。

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