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2008年1月13日 - 2008年1月19日

(7)“問題点探しと改善”がもたらしたもの(その1)

 あるTV番組で、東京都三鷹市にある「三鷹光器」という小さな会社を紹介していた。社員数40人にも満たない町工場であるにもかかわらず、大手メーカーの追随を許さない製品を開発し、NASA(米航空宇宙局)など世界中から発注を受けているという。今や世界的大企業となったSONYでさえ、最初はこのような小さな町工場であった。
 高度経済成長をなしえた陰には、NHKのドキュメンタリー番組「プロジェクトX」で描かれているような、夢に向かって挑戦する企業人たちの熱いドラマがあったのだ。彼らは、製品や生産ラインの小さな問題点を洗い出し、改良に改良を重ねつつ、少しずつ製品の質を高めていった。そこには、「しかたがないと諦めず、細部にわたって検討し、前進に結びつけていく」という“ゆるめない生き方”の典型がある。
 かくて、「問題点を探し出し、改善策を考え実行する」という行動パターンは、日本の社会に繁栄をもたらし、人々に快適さや便利さを与えることになった。現在では、“カイゼン”を行わない企業に未来はないと、どこも争うように“問題点探しと改善”に精を出すようになった。その結果、便利な新機能が満載の家電製品が、手ごろな価格で手にはいるようになり、商店も銀行も“お客様”の立場になってサービスの向上に努めるようになった。

 しかし、際限のない“問題点探しと改善”競争は、「なんのため?」という疑問をもった者に立ち止まる余裕を与えてくれない。女子高生の持つ携帯電話にじゃらじゃらとたくさんのストラップがぶら下がっている光景を見て、開発に携わる技術者たちは空しさを覚えるのだという。自分たちは、「0.1グラムでも軽い製品を」と、日夜、血のにじむような努力を続けているというのに…。
 昔ながらののんびりとしたスタイルで営業を続けていた町の電器店、八百屋、魚屋、あるいはまた温泉旅館などは、次々に姿を消していった。そのかわり、厳しいノルマを背負ったフランチャイズ形式の店がどんどん増えている。
 職場にパソコンが導入されたあの日、その驚異的な事務能力を目の当たりにして、「これで仕事がはかどり、楽になる」と誰もが夢を描いた。しかし仕事ははかどっても、ちっとも楽にはならない。それどころか、細かい指先の動きがほんの少し狂っただけで、深刻なトラブルが発生してしまうという緊張の連続がやってきた。どうして、こんなことになってしまったのか…。
 とどまるところを知らない“問題点探しと改善”の日々は、消費者に“楽”をもたらし、労働者に“苦”をもたらしたのではないだろうか。多くの人は、消費者としての側面と労働者としての側面をもつ。苦楽の収支決算を考えた場合、それをどう判断するかは個々人により違いはあるだろう。しかし全体として、“ゆるむ”ことが許されない状況がどんどん進行していることは間違いない。

 さらに、“問題点探しと改善”という行動パターンは、仕事の領域のみならず、私たちの生活全般に自然な形で浸透している。子どもに勉強を教える時にも、家の中の収納を改善していくときにも、「どこでつまずいているのか」「なにがいけないのか」と現状を分析し、改善のヒントにしていく。こういった発想は、現代の日本人にとってはごく自然なものだ。よりよく生きるためには、“問題点探しと改善”以外の道は思い浮かばないのである。
 ところがこういった行動パターンが逆効果になり、悪循環を引き起こしてしまう分野がある。そのひとつが子育てなのだ。ある母親から、「子どもの長所に目を向け、褒めて育てようとは思うのだが、ついアラ探しをしてしまい、イライラが抑えられない」という相談を受けた。この種の悩みは、より良い子育てをしていこうという気持ちが強い親から寄せられることが多い。それは、「問題点を探す…」から始まる行動パターンが習い性になってしまっているからだ。さらに、「すぐ腹を立ててしまうのが、私の問題点だ」と自分を責め、無理をして子どもの長所を探す努力を続けていると、ストレスの末に怒りの大爆発となってしまう。
 「どのようにカイゼンしていけばよいのでしょうか?」という相談なのだが、この親に必要なのは、カイゼンではなく、“ゆるんだ生き方”による心の余裕なのだ。

 「高度経済成長後の消費経済の発達や、金儲け優先主義が、現在の日本社会の歪みの元凶であり、ひいては子育ての混迷の原因にもなっている」という見方がある。もちろんそういう面も大きいだろう。しかし高度経済成長による一番の“負の財産”は、「“問題点探しと改善”こそが、幸福追求のための唯一の道だ」と誰もが思いこみ、“ゆるんだ生き方”と“ゆるめない生き方”のバランスが崩れてしまったことにあるのではないだろうか。
 ただ、これに関しても、「“問題点探しと改善”という発想こそが、効率と利潤の追求を最優先する“企業の論理”そのものだ」という批判が出てくるかもしれない。しかし、問題はそう単純ではない。なぜなら、こういった行動パターンは、庶民の生命や権利を守る手段としても機能してきたからである。

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(6)夢と希望に満ちていた時代

 映画『ALWAYS・三丁目の夕日』の舞台となっている昭和30年代前半は、奇しくも、私の子ども時代と重なる。戦後の混乱期からようやく抜け出し、高度経済成長の前夜を迎えた時代。人々の多くは、“夢と希望の時代の到来”を肌で感じ、前進への活気に満ちていた。映画の背景に出てくる建設途上の東京タワーは、あの時代がもっていた雰囲気の象徴だった。
 白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫がまだ珍しく、今ほど便利でも裕福でもなかった時代。だが人々は、生き生きと毎日を送っていた。生活に追われてはいたが、どこかのんびりとしていて、重圧があっても「まあ、しかたがないさ」と気軽に考える心の余裕があった。そんなゆったりとした時代の空気の中で、人と人との距離は近かった。
 夢に向かって懸命に走りながらも、気持ちに余裕があったのは、“ゆるんだ生き方”と“ゆるめない生き方”との均衡が保たれていたことに、大きな要因があったのではないだろうか。

 “ゆるんだ生き方”は、たとえば、「細かいことは気にしない」というおおざっぱな生活態度である。当時は、小さなケガなら「ツバでもつけておけ」で済まされたし、風邪をひいても「早めに寝ろ」と言われるぐらいで、よほどの高熱でもない限りは、医者の世話にはならなかった。いつも青っぱなを垂らしている子どもがいても、親や先生はさほど気にしているふうではない。サッシがなく隙間が多いので、ハエや蚊が家の中に容易に入ってくるが、今ほど目くじらを立てるようなことはなかった。ケガや病気、ハエや蚊などに対する“心の広さ”は、人に対しても同じで、寛容な態度が人と人との距離を近づけたのだ。
 戦後の焼け野原からたくましく復興していった陰にも、「あしたはあしたの風が吹く」と、ものごとを深刻に受け止めない“ゆるんだ生き方”、そのことによるプラス思考がエネルギーとなっていたのだと思う。

 もっともこういったアバウトな生活観は、発展途上国の人々の暮らしぶりにも共通するものがあるだろう。東南アジアのある国を旅行した日本人は、予定の時刻を30分過ぎても列車が来ないことに苛立ち、駅員に詰め寄った。ところが、周囲にいた現地の人々は誰も騒ぐことなく、悠然と待っていることに気づき、“日本人のせっかちさ”が恥ずかしくなったという。
 しかし一方で、このような“悠然さ”が当たり前の国では、合理的・能率的な生産体制は機能しにくい。それゆえに、貧困から抜け出せないという事態も起こりうる。また、ケガや病気、ハエや蚊に対して寛容すぎると、医療や予防医学への関心が低くなり、伝染病の蔓延を招いてしまうということもありうるだろう。
 日本の社会が、そういった国と同じ道を歩まなかったのは、もちまえの勤勉さと器用さゆえ、“ゆるめない生き方”にも長けた資質をもっていたからなのだ。そういった資質を発揮し、欧米流の近代的な生産スタイルを吸収していった結果、それが高度経済成長として花開くことになる。

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