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2008年2月17日 - 2008年2月23日

(3)怒りを楽しむ

 昔、私の家の近所に、仲の良い八百屋の老夫婦がいた。ご主人は、「美人の奥さんには、はい、これ、おまけ」などと、お客さんに愛想を振りまく。客が、「あら、そんなこと言っていると、奥さんに叱られるわよ」と切り返しても、「なあに、女房は、女の中には入ってないから、平気、平気!」とすました顔だ。すると、店の奥にいた奥さんから、「この人だって、男の中には入っていないから、平気、平気!」とすかさず逆襲され、頭をかくご主人。客も夫婦も大笑いだ。「けんかするほど、仲が良い」を地でいくようなご夫婦だった。
 大人どうしも、ちょっかいを出し合ったり、軽口をたたき合ったりという“ざっくばらんな人間関係”が結べると、慢性的なイライラを抱えることが少なくなる。それは、軽い怒りの感情を、“じゃれあい”というやり方で楽しみながら発散できるからだ。

 ある時、「ちょっと叱られただけで、自分の頭を際限なく叩きはじめる」という3歳児の相談を受けた。こういったタイプの子どもは、じゃれあい遊びに誘っても乗ってきてくれないことが多い。物を壊すいたずらが目に余ったり、友だちにすぐに手を出してしまうような子どもも、同じような傾向がある。
 ふつう子どもは、こちらがちょっかいを出すと、少し迷惑そうな、しかし嬉しそうな独特の表情を見せる。さらにちょっかいを出し続けると、子どもの方からもちょっかいを出してくるようになり、ちょっかいの応酬になる。そしてだんだん子どもの顔は輝きはじめ、あっという間に仲良くなるのだ。
 しかし、感情抑圧傾向のある子どもは、こちらがちょっかいを出しても、身を固くして避けようとすることが多い。さらにちょっかいを出し続けると、急にかんしゃくを起こし、叩いたり噛みついたりしてくる。0%の怒りか、100%の怒りかの両極端で、ほどほどの軽い怒りをじゃれあいという形で楽しむことができないのだ。

 こういった子どもたちに共通なのは、怒りが「不適切な方向性」をもっているということだ。怒りの表現を無理に押さえ込もうとすると、自分自身や、物や、友だちといった、本来向かうべき方向とは違うところに向かって暴発してしまうのだ。「本来向かうべき方向」とは、言うまでもなく親である。
 子どもは、親に対して怒りをぶつける(ダダをこねる)中で、自己表現と自己抑制のバランスを体得していく。さらに、親と適度な距離が置けることにより、独自な存在である“自分”というものに自信をもつようになる。そうなると、ほどほどのじゃれあい遊びを楽しめるようになるのだ。

 ただ核家族化が進み、“密室育児”が主流となったこの国では、ダダこね期の子どもの相手をする母親の苦労は並大抵ではない。2世代同居、3世代同居が当たり前だった時代は、子どものダダこねの相手をする大人は、家の中にたくさんいた。しかも、自然環境に恵まれ、発散的な外遊びが主流だった時代には、そういった遊びが子どものほどほどの怒りの発散の場となっていた。それを現代では、母親一人が受け止めなくてはならないのだから、大変なことである。
 さらに、大人社会全体の感情抑圧傾向が、それに拍車をかける。ざっくばらんな人間関係が主流だった時代には、大人同士もじゃれあいが得意だった。社会のいたる場所で、じゃれあいの腕を磨くチャンスがあったのだ。時には、大人同士の行き過ぎたじゃれあいがケンカに発展してしまうこともあっただろう。しかしそれも含めて、心おきなく感情表現をしていく中で、具体的な経験を通して、適度な感情抑制や人との距離の置き方を学んでいくことができたのだ。大人全体がダダこね上手だった時代には、子どものダダこねの本質を「じゃれあい遊び」と見抜き、深刻になることなく適当にあしらうことができる親も多かったことだろう。
 しかし、スマートな人間関係が主流となった現代社会においては、「経験や失敗を通して、自分自身の感情の扱い方を学んでいく」ということが許容されないような雰囲気に充ち満ちている。自分の感情との付き合い方を学ぶ前に、抑え込み、笑顔の仮面をつける生き方が主流となってしまっているのだ。このような時代に育った母親が、子どものダダこねを受け止めることは容易ではない。
 飼い慣らされることなく、幽閉されたままの怒りの影響は、幼児に見られる「自分自身を傷つける」「物を壊す」「友だちに当たる」といった行動が、青少年や大人の場合は何に相当するのかを考えてみると、容易に想像がつくはずだ。

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(2)怒りには意味がある

 小学校5年生の子どもが、母親にこう頼んだ。「学校で使うノートを買いたいから、駅前のスーパーまで一緒に行ってよ」。夕食の準備で忙しかった母親は、「もう5年生でしょ。それぐらい、一人で行きなさいよ」と返事をしたが、そのとたん、そう言ったことを後悔した。この子には対人緊張傾向があり、特にこの3ヶ月ほどは情緒が不安定で、臭いに対して過敏になっていたからだ。
 ストレスを溜め込むと、臭いや音に過敏になることがある。「学校はトイレが臭いから、行きたくない」と言ったり、「教室は、みんなが騒がしいから嫌だ」と訴えたりと、ふつうなら気にならない程度の刺激にも、過敏に反応してしまうのだ。私たちも、風邪で熱があったり、体調が悪かったりすると、ふだんなら何でもない音や光がうっとおしく感じられることがある。それと同じで、本人にとっては切実な問題なのである。
 この子どもの場合は、スーパーやレストランなどに入ると、「臭くて、吐き気がする」と訴えていた。ところが母親は忙しさにかまけて、ついそのことを忘れてしまっていたのである。「ごめん、ごめん」と母親はすぐに謝ったが、「もう、いい!」と子どもは腹を立て、家を飛び出していった。母親は心配したが、やがて帰ってきた子どもの手には、しっかりとノートが握られていたという。腹を立てながら、自分一人で買ってくることができたのだ。
 母親は「ケガの功名でしたが…」と苦笑いしながら、このエピソードを教えてくれた。

 ここには、怒りのもつ重要な意味が示されている。怒りの感情は、「障害を跳ね返して行動するためのエネルギー」に転化できるのだ。
 逆に、自分の望む方向に“行動のエネルギー”が発揮されていない状態が続くと、やがてそのエネルギーが、怒りの感情へと変化してしまうことがある。慢性的なイライラに悩まされている人は、一方である種の無力感を抱えていることが多いが、こういう人はむしろ、自己実現への大きなエネルギーを潜在的にもっているのではないだろうか。

 別の子どもについて、「原因不明のかんしゃくを頻繁に起こす」という相談を受けた。友だちの輪の中に、なかなか入っていけないことも心配だという。カウンセリングを進めていくうちに、母親に対してのダダこねがひどくなってきた。しかしやがて、原因不明のかんしゃくは収まり、友だちとも仲良く遊ぶことができるようになった。このような経過をたどる子どもは多いが、ここにも怒りのもつ意味が隠されている。
 「原因不明のかんしゃく」は、怒りの表現が抑圧された状態である。原因不明なのは、「本当は、何に対して腹を立てているのか」という表現を避けた、単なる“感情爆発”の段階にとどまっているからである。それが、内実を伴った“表現”に高まっていくと、母親に対する指向性をもった“ダダこね”になる。ダダこねは、怒りの装いをまとってはいるが、一種の自己表現なのだ。
 シュタイナー教育で知られている思想家のルドルフ・シュタイナーは、「人間が成長していくためには、“共感”と“反感”の2つをバランスよく学んでいく必要がある」という趣旨のことを言っている。このことは、子どもの成長を援助しているとうなずけることが多い。子どもが母親との一体感(共感)に浸り続けたとしたら、いつまでたっても“自分”というものが作り出せない。親とは違う独自の存在である“自分”を創造していくためには、親から離れ、一定の距離を置く必要がある(反感)。この作業が、親に対する反逆、すなわち“ダダこね”なのだ。
 ダダこねを通して子どもは、自己主張のしかたを学んでいく。それと同時に、度を過ぎた自己主張を親にとがめられる中で、自己抑制をも学んでいくのだ。

 小さな子ども同士の関係というのは、実にシビアなものである。初対面なのに、急に「あっちへ行け!」と言われたり、おもちゃを奪われたり、抱きつかれたりと遠慮がない。しかし、いざというときに「No!」と拒否することができると、身の安全を確保することができる。伝家の宝刀である「No!」は、母親に対するダダこねの中で身につけていくものだ。そして、こういった自己主張の力をもたないうちは、怖くて友だちに近づけないのも、無理はないのである。
 遠慮がないぶん、子ども同士は仲良くなるのも早い。ちょっかいの出し合いや、小競り合いを繰り返しながらも、あっという間に親密さが増していく。こういった「じゃれあい」は、いわば、軽い怒りの発散と言える。怒りの感情は、「人間関係の潤滑油」ともなりうるのだ。

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(1)感情のコントロールが逆効果になる理由

 「子どもの前では、なるべく笑顔でいたいと思うのですが…」と言う母親。しかし、いつも叱りすぎて後悔するのだという。きっかけは、いつも、ほんの些細なことだ。
 夕食の準備が整ったので、おもちゃを片づけるように子どもに声をかける。「わかった」と言いながらも遊び続ける子どもに、何度か声をかけるが、いっこうにやめる気配がない。イライラが最高潮に達し、それでも、なんとか気持ちを抑えて、「もう、いい加減にしなさい」と注意をする。しかし、「やだ、もっと遊びたい」という子どもの言葉に、プツンと我慢の糸が切れるのだ。「ママなんか嫌い!」という反抗的な態度に、さらに怒りに火がつき、最後は叩いてしまうのだという。その後は、暗い顔の子どもとの気まずい食事。いつも、こんなふうになってしまうのだそうだ。
 「我慢の末の、大爆発」というパターンは、第1章で紹介した「急にキレてしまう子ども」の場合とよく似ている。感情を無理にコントロールしようとすると、かえって怒りの暴走になってしまうのだ。

 なかなかおもちゃを片づけない子どもに、「ほら、さっさとやんな!」と一喝しながら、勝手におもちゃを箱にしまってしまう母親。「ママのバカ!」と叫ぶ子どもを相手にせず、さっさと食べ始める母親の態度に、子どもは仕方なく、ベソをかきながら食卓につく。「うーん、今日のカレーは大成功だな。どう? おいしいでしょ?」とのんきな母親に、いつしか子どもの機嫌も直り…。
 こういうタイプの人は、怒りの大爆発になりにくい。自己主張を小出しにできれば、そこそこの怒りにとどまることができる。そして母親が子どもの怒りに巻き込まれないぶん、子どもが落ち着くのも早いのだ。
 おおらかな感情表現ができた時代には、こんな感じの親子関係が多かったのではないだろうか。

 親として、なるべく笑顔で子どもに接したいというのは、もっともな願いだろう。しかし、無理に怒りを我慢し続けると、かえってコントロール不能に陥ってしまうのには理由がある。
 怒りの感情が湧くのは、人間としてある程度はしかたがないことだ。ところが怒りの感情が生じたことを必要以上に問題視し、それを無理に押さえ込もうとすると、新たな2つの“怒り”が生まれてくる。ひとつは、「怒りを抱えてしまった自分に対する“怒り”」、もうひとつは、「笑顔への努力を台無しにした相手に対する“怒り”」である。
 仏陀の瞑想法に詳しいラリー・ローゼンバーグは、「感情が自らの花を咲かせることについて干渉しなければ、それはそれ自身の命にしたがって去っていきます」(『呼吸による癒し』春秋社)と述べている。たとえ怒りが湧いてきたとしても、それを抑え込もうとジタバタしなければ、やがてそれは自然に消えていくのだ。しつこいのは、むしろあとから生まれた怒りの方である。こういった怒りのもつ性質を、古き良き時代の人は、生活経験の中から自然に学び取っていたのではないだろうか。
 現代の日本にイライラを抱えた人が多いのは、感情を無理にコントロールしようとして、かえって感情そのものがもつ自然なプロセスを阻害してしまっていることに原因があるのではないだろうか。

 ある母親が、「自分の怒りが抑えられない」ということで相談に訪れた。育児雑誌の特集で「叱らない子育てのコツ」を読むなど努力してみるのだが、うまくいかないのだという。
 突発的な小さな怒りは、なんらかの工夫でまぎらわすこともできるだろう。しかし、怒りに対して罪悪感が強く、冷静でなくてはならないという気持ちが強いタイプの人は、慢性的なイライラを溜め込んでいることが多い。そのような場合は、表面的なまぎらわしだけではうまくいかないのだ。
 慢性的な怒りには、しかるべき“根っこ”が存在していることが多い。その“根っこ”が明らかになってくると、自然に「怒りがそれほど湧いてこない」という状態になるのだ。この母親の場合も、何度かカウンセリングに通ってもらい、“根っこ”に目を向けていくうちに、自分自身の怒りに振りまわされることがなくなってきた。
 怒りの感情を“悪”と見なして、押さえ込もうとすることは、「理性の暴走」とも言える。怒りには、気づくべき“大切な意味”が隠されていることが多いのだ。

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(9)doingとbeing

 1000グラム未満の体重で生まれる“超低出生体重児”と呼ばれる赤ちゃんがいる。昔だったら助からなかったであろうこうした赤ちゃんも、医療技術の発達とともに、命をとりとめることが可能になった。赤ちゃんは生後すぐに、NICU(新生児集中治療室)に入れられ、モニター用機器に囲まれた24時間の監視体制の中で数ヶ月を過ごす。呼吸が難しい赤ちゃんには呼吸器を、病気の赤ちゃんには点滴を、おっぱいが飲めない赤ちゃんにはチューブ授乳などの措置が施される。そこには、先端医療の粋が集められているのだ。
 ただ、生命の維持が最優先とはいえ、狭い保育器に長期間入れられ、少なからぬ聴覚・視覚刺激を受け続けるストレスは相当なものだ。一日のうちに何度も繰り返される身体評価や採血などの医学的な措置も、ストレスの原因となる。
 それ以上に懸念されるのは、母親の側のストレスだ。赤ちゃんがNICUに入ってる間は、すべてを医師に託すほかはなく、「親として、わが子に何もしてやれない」という無力感にさいなまれ続けることになる。しかもそこに、早産になってしまったことに対する自責の念が加わり、さらに不安が大きくなる。このように、親と子の双方に生じた心理的なダメージは、育児放棄や虐待など、その後の親子関係に深刻な影響を及ぼす場合があるのだ。
 このような状態の母親に、「あなたが気弱になっていてはダメでしょ。さあ、笑顔でがんばって!」と励ましたとしたらどうだろうか。そういった言葉がきっかけとなり、立ち直る母親もいるだろう。しかし、「気弱になっている自分は、ダメな母親だ」という新たな不安が加わり、かえってストレスが増大してしまうケースの方がむしろ多いのだ。

 「赤ちゃんの生命を救う」という面においては、“問題点探しと改善”の原理をフル回転させていく必要がある。しかしメンタルケアの面では、「母親が不安を抱えている」ということを是正すべきことととらえ、不安感情を除去しようとストレートに働きかけると、逆効果になってしまうことが多いのだ。
 一般に医療従事者は、冷静な判断ができるよう、自らの感情に左右されないようなトレーニングを積んでいる。そういった人たちから見ると、母親の動揺は、医療の妨げと感じてしまう面もあるだろう。しかし、「母親のあなたがおろおろしていて、どうするの!」と叱ったところで、事態は悪化するばかりだ。
 そういったジレンマの中で、母子双方のストレスを劇的に低減させる画期的な方法が注目されるようになった。それが“カンガルーケア”である。母親がNICUに入り、赤ちゃんを保育器から出して、母親の素肌の胸の上に、裸の皮膚と皮膚とが触れるように抱いてやるのだ。
 母親が静かにただ抱いているだけで、母子双方に劇的な変化が起きる。保育器の中では硬いままだった赤ちゃんの表情が、母親の胸の中では、みるみる柔らかくなり、うっとりとした表情に変わっていく。それとともに、母親の方も自然に笑顔になっていくのだ。たったこれだけのことでストレスが激減し、早期に親子の心の絆が形作られるのである。

 臨床心理士の岡田由美子さんは、加古川市民病院小児科で、カンガルーケアの取り組みを積極的にサポートしてきた。岡田さんは、「doingとbeing」という言葉を使って、母子の間で起きているメカニズムを説明してくれた。
 「赤ちゃんの生命を救うためには、専門スタッフの積極的な働きかけ“doing”が不可欠です。しかし精神的なダメージに関しては、親と子の存在そのもの“being”がもつ回復力に信頼を置くべきだと思います。肌の感触を通して、母親が子どもの存在を実感し、子どもが母親の存在を実感すると、親子のもつ相互作用が働きはじめ、回復への自然なプロセスが進行していくのです」。
 心の問題という領域では、理性のコントロールによる“問題点探しと改善”という方法ではなく、むしろ理性的な努力を休止した時に働きはじめる“回復への自然なプロセス”にゆだねることが有効なのだ。

 カンガルーケアは、南米コロンビアの病院で、保育器が足りないことから苦肉の策として考え出されたものである。それが、NICUの代用として効果をあげたため、発展途上国の間で広まり、やがて欧米の医療関係者からも注目されるようになったのだ。“ゆるんだ生き方”が得意な国には、“ゆるむ”からこそ進んでいく、いわば「他力本願的な改善方法」の知恵がまだ残っていたのだろう。
 カンガルーケアのもつメカニズムを丁寧に考察していくと、現代の日本社会における「子育ての行き詰まり」の元凶がはっきりと見えてくる。それは、大人社会が余裕を失い疲れ切っている根本的な要因とも重なるものだ。ある集団の矛盾は、その集団の中のもっとも弱い部分に真っ先に表れるという。まさに今、親子が直面している問題は、大人社会の未来を先取りしていると言えよう。

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(8)“問題点探しと改善”がもたらしたもの(その2)

 ある地方で、農業に従事する青年と話す機会を得た。農家の長男に生まれ、なんとなく父親の跡を継いだのだそうだ。“ゆるんだ生き方”の典型のような人物で、畑の傍らでのんびりと一緒におしゃべりをしていると、その純朴さに心が洗わるようだった。「どーってこと、ねえよ」が口癖の彼は、その言葉通り、細かいことは気にしない大雑把な性格だ。そのせいか、お子さんたちも実にのびのびと子どもらしく育っている。
 ところが話の途中で、彼の携帯電話が鳴った。手短な会話のあと電話を切った彼は、畑の周辺に落ちている袋を急いで拾いはじめた。そしてそれらを倉庫の奥の方に押し込んだ後、ニヤニヤしながら、こう話してくれた。「生協のやつらが、見に来るって言うんでね。農薬の袋はまずいだろ」。彼は、ある生協と契約し、“無農薬野菜”を出荷しているのだという。ところが実際は、こっそりと農薬を使っているのだ。怪訝な顔でいる私に、「農薬を使わないって、そんなわけにはいくまいよ。なあに、うちだって、毎日この野菜を食ってるんだもの、平気、平気」と言いわけをし、屈託のない笑顔で「どーってこと、ねえよ」と言い放ったのだった。

 “ゆるんだ生き方”が支配的だった時代には、問題点を指摘しようとすると、「そんな細かいこと、気にしなくても」と煙たがられることが多かった。「だいじょうぶ、だいじょうぶ」という言葉で、システムや設備の不備が放置されたままになり、ずさんな管理が横行していた。しかし、機械化以前の農業や小規模な町工場など、前近代的な産業しかなかった時代には、それでも大きな問題には発展しなかったのだ。多少の失敗があっても、その場しのぎの対応さえすれば、大きな被害は出さずに済んだ。経験や素朴な五感を頼りにして、危険を回避することもできた。
 しかし、産業のシステムが高度化・複雑化・大規模化してくると、「傷にはツバでもつけておけ」という発想のままでは、大変なことになってしまう。実際、“ゆるんだ生き方”が色濃く残っていた高度経済成長期前半には、それを象徴するような事故が多発した。たとえば、281名の死傷者が出た「鶴見事故」(1963年)、さらに死傷者が456名におよんだ「三河島事故」(1962年)など、旧国鉄時代の大事故はこの時期に集中している。水俣病、四日市ぜんそくなどの公害病も、ずさんな管理が生んだ悲劇だった。
 “力”を手に入れた者は、「“力”のもつ可能性」を知ること以上に、「“力”のもつ危険性」を学ばなければらない。そして、経験や勘に頼ることの限界を知り、“問題点探しと改善”という行動パターンのもと、きめ細かな安全管理の手を抜いてはならないのだ。

 一方で“ゆるんだ生き方”が支配的だった時代は、不正をも甘受してしまう状況にあった。政治家・官僚・資本家といった既得権益の上にあぐらをかき、甘い汁を吸い続ける人々の方便は、「まあ、堅いことは言わずに」である。“ゆるんだ生き方”の「お人好しの庶民」のままでは、はぐらかされ続けるだけだった。「矛盾点を鋭くついていく」という“ゆるまない生き方”を学び、理論武装をしていく必要があったのだ。
 高度経済成長期後半には、安保闘争ともあいまって、労働者の権利を守る運動、被差別者の人権を回復する運動など、大衆レベルの反体制的な運動が盛んになった。「弱者が泣き寝入りをしないための社会変革」には、「“諦める”は“明らめる”に通ず」という考え方は役に立たなかったのだ。

 このように“ゆるまない生き方”は、日本の社会に富と繁栄をもたらし、庶民の安全を守り人権を擁護する手段としても大きな役割を果たした。もちろんそれは完璧なものは言えず、不正や理不尽はいまだに横行している。しかし、医療過誤裁判ひとつをとってみても、“ゆるまない生き方”の原理が生かされており、以前の日本の社会だったら、「お医者様のやることだから、しかたがない」と泣き寝入りをしていたことだろう。
 “問題点探しと改善”は、今やあらゆる分野において、よりよい社会を目指す人たちがとる共通の行動パターンとなった。

 ところが心の問題や子育ての問題では、“問題点探しと改善”の道をひたすら突き進むこの社会の方向性が、“凶”と出てしまっているのだ。そこでは、いったいどのような事態が進行しているのだろうか? そこから抜け出す道はあるのだろうか?
 その点に関して重要な示唆を与えてくれる試みが、今、低出生体重児のケアに携わる医療の最前線で行われている。

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