カテゴリー「■第4章 いま、大人たちに何が起きているのか」の記事

(9)doingとbeing

 1000グラム未満の体重で生まれる“超低出生体重児”と呼ばれる赤ちゃんがいる。昔だったら助からなかったであろうこうした赤ちゃんも、医療技術の発達とともに、命をとりとめることが可能になった。赤ちゃんは生後すぐに、NICU(新生児集中治療室)に入れられ、モニター用機器に囲まれた24時間の監視体制の中で数ヶ月を過ごす。呼吸が難しい赤ちゃんには呼吸器を、病気の赤ちゃんには点滴を、おっぱいが飲めない赤ちゃんにはチューブ授乳などの措置が施される。そこには、先端医療の粋が集められているのだ。
 ただ、生命の維持が最優先とはいえ、狭い保育器に長期間入れられ、少なからぬ聴覚・視覚刺激を受け続けるストレスは相当なものだ。一日のうちに何度も繰り返される身体評価や採血などの医学的な措置も、ストレスの原因となる。
 それ以上に懸念されるのは、母親の側のストレスだ。赤ちゃんがNICUに入ってる間は、すべてを医師に託すほかはなく、「親として、わが子に何もしてやれない」という無力感にさいなまれ続けることになる。しかもそこに、早産になってしまったことに対する自責の念が加わり、さらに不安が大きくなる。このように、親と子の双方に生じた心理的なダメージは、育児放棄や虐待など、その後の親子関係に深刻な影響を及ぼす場合があるのだ。
 このような状態の母親に、「あなたが気弱になっていてはダメでしょ。さあ、笑顔でがんばって!」と励ましたとしたらどうだろうか。そういった言葉がきっかけとなり、立ち直る母親もいるだろう。しかし、「気弱になっている自分は、ダメな母親だ」という新たな不安が加わり、かえってストレスが増大してしまうケースの方がむしろ多いのだ。

 「赤ちゃんの生命を救う」という面においては、“問題点探しと改善”の原理をフル回転させていく必要がある。しかしメンタルケアの面では、「母親が不安を抱えている」ということを是正すべきことととらえ、不安感情を除去しようとストレートに働きかけると、逆効果になってしまうことが多いのだ。
 一般に医療従事者は、冷静な判断ができるよう、自らの感情に左右されないようなトレーニングを積んでいる。そういった人たちから見ると、母親の動揺は、医療の妨げと感じてしまう面もあるだろう。しかし、「母親のあなたがおろおろしていて、どうするの!」と叱ったところで、事態は悪化するばかりだ。
 そういったジレンマの中で、母子双方のストレスを劇的に低減させる画期的な方法が注目されるようになった。それが“カンガルーケア”である。母親がNICUに入り、赤ちゃんを保育器から出して、母親の素肌の胸の上に、裸の皮膚と皮膚とが触れるように抱いてやるのだ。
 母親が静かにただ抱いているだけで、母子双方に劇的な変化が起きる。保育器の中では硬いままだった赤ちゃんの表情が、母親の胸の中では、みるみる柔らかくなり、うっとりとした表情に変わっていく。それとともに、母親の方も自然に笑顔になっていくのだ。たったこれだけのことでストレスが激減し、早期に親子の心の絆が形作られるのである。

 臨床心理士の岡田由美子さんは、加古川市民病院小児科で、カンガルーケアの取り組みを積極的にサポートしてきた。岡田さんは、「doingとbeing」という言葉を使って、母子の間で起きているメカニズムを説明してくれた。
 「赤ちゃんの生命を救うためには、専門スタッフの積極的な働きかけ“doing”が不可欠です。しかし精神的なダメージに関しては、親と子の存在そのもの“being”がもつ回復力に信頼を置くべきだと思います。肌の感触を通して、母親が子どもの存在を実感し、子どもが母親の存在を実感すると、親子のもつ相互作用が働きはじめ、回復への自然なプロセスが進行していくのです」。
 心の問題という領域では、理性のコントロールによる“問題点探しと改善”という方法ではなく、むしろ理性的な努力を休止した時に働きはじめる“回復への自然なプロセス”にゆだねることが有効なのだ。

 カンガルーケアは、南米コロンビアの病院で、保育器が足りないことから苦肉の策として考え出されたものである。それが、NICUの代用として効果をあげたため、発展途上国の間で広まり、やがて欧米の医療関係者からも注目されるようになったのだ。“ゆるんだ生き方”が得意な国には、“ゆるむ”からこそ進んでいく、いわば「他力本願的な改善方法」の知恵がまだ残っていたのだろう。
 カンガルーケアのもつメカニズムを丁寧に考察していくと、現代の日本社会における「子育ての行き詰まり」の元凶がはっきりと見えてくる。それは、大人社会が余裕を失い疲れ切っている根本的な要因とも重なるものだ。ある集団の矛盾は、その集団の中のもっとも弱い部分に真っ先に表れるという。まさに今、親子が直面している問題は、大人社会の未来を先取りしていると言えよう。

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(8)“問題点探しと改善”がもたらしたもの(その2)

 ある地方で、農業に従事する青年と話す機会を得た。農家の長男に生まれ、なんとなく父親の跡を継いだのだそうだ。“ゆるんだ生き方”の典型のような人物で、畑の傍らでのんびりと一緒におしゃべりをしていると、その純朴さに心が洗わるようだった。「どーってこと、ねえよ」が口癖の彼は、その言葉通り、細かいことは気にしない大雑把な性格だ。そのせいか、お子さんたちも実にのびのびと子どもらしく育っている。
 ところが話の途中で、彼の携帯電話が鳴った。手短な会話のあと電話を切った彼は、畑の周辺に落ちている袋を急いで拾いはじめた。そしてそれらを倉庫の奥の方に押し込んだ後、ニヤニヤしながら、こう話してくれた。「生協のやつらが、見に来るって言うんでね。農薬の袋はまずいだろ」。彼は、ある生協と契約し、“無農薬野菜”を出荷しているのだという。ところが実際は、こっそりと農薬を使っているのだ。怪訝な顔でいる私に、「農薬を使わないって、そんなわけにはいくまいよ。なあに、うちだって、毎日この野菜を食ってるんだもの、平気、平気」と言いわけをし、屈託のない笑顔で「どーってこと、ねえよ」と言い放ったのだった。

 “ゆるんだ生き方”が支配的だった時代には、問題点を指摘しようとすると、「そんな細かいこと、気にしなくても」と煙たがられることが多かった。「だいじょうぶ、だいじょうぶ」という言葉で、システムや設備の不備が放置されたままになり、ずさんな管理が横行していた。しかし、機械化以前の農業や小規模な町工場など、前近代的な産業しかなかった時代には、それでも大きな問題には発展しなかったのだ。多少の失敗があっても、その場しのぎの対応さえすれば、大きな被害は出さずに済んだ。経験や素朴な五感を頼りにして、危険を回避することもできた。
 しかし、産業のシステムが高度化・複雑化・大規模化してくると、「傷にはツバでもつけておけ」という発想のままでは、大変なことになってしまう。実際、“ゆるんだ生き方”が色濃く残っていた高度経済成長期前半には、それを象徴するような事故が多発した。たとえば、281名の死傷者が出た「鶴見事故」(1963年)、さらに死傷者が456名におよんだ「三河島事故」(1962年)など、旧国鉄時代の大事故はこの時期に集中している。水俣病、四日市ぜんそくなどの公害病も、ずさんな管理が生んだ悲劇だった。
 “力”を手に入れた者は、「“力”のもつ可能性」を知ること以上に、「“力”のもつ危険性」を学ばなければらない。そして、経験や勘に頼ることの限界を知り、“問題点探しと改善”という行動パターンのもと、きめ細かな安全管理の手を抜いてはならないのだ。

 一方で“ゆるんだ生き方”が支配的だった時代は、不正をも甘受してしまう状況にあった。政治家・官僚・資本家といった既得権益の上にあぐらをかき、甘い汁を吸い続ける人々の方便は、「まあ、堅いことは言わずに」である。“ゆるんだ生き方”の「お人好しの庶民」のままでは、はぐらかされ続けるだけだった。「矛盾点を鋭くついていく」という“ゆるまない生き方”を学び、理論武装をしていく必要があったのだ。
 高度経済成長期後半には、安保闘争ともあいまって、労働者の権利を守る運動、被差別者の人権を回復する運動など、大衆レベルの反体制的な運動が盛んになった。「弱者が泣き寝入りをしないための社会変革」には、「“諦める”は“明らめる”に通ず」という考え方は役に立たなかったのだ。

 このように“ゆるまない生き方”は、日本の社会に富と繁栄をもたらし、庶民の安全を守り人権を擁護する手段としても大きな役割を果たした。もちろんそれは完璧なものは言えず、不正や理不尽はいまだに横行している。しかし、医療過誤裁判ひとつをとってみても、“ゆるまない生き方”の原理が生かされており、以前の日本の社会だったら、「お医者様のやることだから、しかたがない」と泣き寝入りをしていたことだろう。
 “問題点探しと改善”は、今やあらゆる分野において、よりよい社会を目指す人たちがとる共通の行動パターンとなった。

 ところが心の問題や子育ての問題では、“問題点探しと改善”の道をひたすら突き進むこの社会の方向性が、“凶”と出てしまっているのだ。そこでは、いったいどのような事態が進行しているのだろうか? そこから抜け出す道はあるのだろうか?
 その点に関して重要な示唆を与えてくれる試みが、今、低出生体重児のケアに携わる医療の最前線で行われている。

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(7)“問題点探しと改善”がもたらしたもの(その1)

 あるTV番組で、東京都三鷹市にある「三鷹光器」という小さな会社を紹介していた。社員数40人にも満たない町工場であるにもかかわらず、大手メーカーの追随を許さない製品を開発し、NASA(米航空宇宙局)など世界中から発注を受けているという。今や世界的大企業となったSONYでさえ、最初はこのような小さな町工場であった。
 高度経済成長をなしえた陰には、NHKのドキュメンタリー番組「プロジェクトX」で描かれているような、夢に向かって挑戦する企業人たちの熱いドラマがあったのだ。彼らは、製品や生産ラインの小さな問題点を洗い出し、改良に改良を重ねつつ、少しずつ製品の質を高めていった。そこには、「しかたがないと諦めず、細部にわたって検討し、前進に結びつけていく」という“ゆるめない生き方”の典型がある。
 かくて、「問題点を探し出し、改善策を考え実行する」という行動パターンは、日本の社会に繁栄をもたらし、人々に快適さや便利さを与えることになった。現在では、“カイゼン”を行わない企業に未来はないと、どこも争うように“問題点探しと改善”に精を出すようになった。その結果、便利な新機能が満載の家電製品が、手ごろな価格で手にはいるようになり、商店も銀行も“お客様”の立場になってサービスの向上に努めるようになった。

 しかし、際限のない“問題点探しと改善”競争は、「なんのため?」という疑問をもった者に立ち止まる余裕を与えてくれない。女子高生の持つ携帯電話にじゃらじゃらとたくさんのストラップがぶら下がっている光景を見て、開発に携わる技術者たちは空しさを覚えるのだという。自分たちは、「0.1グラムでも軽い製品を」と、日夜、血のにじむような努力を続けているというのに…。
 昔ながらののんびりとしたスタイルで営業を続けていた町の電器店、八百屋、魚屋、あるいはまた温泉旅館などは、次々に姿を消していった。そのかわり、厳しいノルマを背負ったフランチャイズ形式の店がどんどん増えている。
 職場にパソコンが導入されたあの日、その驚異的な事務能力を目の当たりにして、「これで仕事がはかどり、楽になる」と誰もが夢を描いた。しかし仕事ははかどっても、ちっとも楽にはならない。それどころか、細かい指先の動きがほんの少し狂っただけで、深刻なトラブルが発生してしまうという緊張の連続がやってきた。どうして、こんなことになってしまったのか…。
 とどまるところを知らない“問題点探しと改善”の日々は、消費者に“楽”をもたらし、労働者に“苦”をもたらしたのではないだろうか。多くの人は、消費者としての側面と労働者としての側面をもつ。苦楽の収支決算を考えた場合、それをどう判断するかは個々人により違いはあるだろう。しかし全体として、“ゆるむ”ことが許されない状況がどんどん進行していることは間違いない。

 さらに、“問題点探しと改善”という行動パターンは、仕事の領域のみならず、私たちの生活全般に自然な形で浸透している。子どもに勉強を教える時にも、家の中の収納を改善していくときにも、「どこでつまずいているのか」「なにがいけないのか」と現状を分析し、改善のヒントにしていく。こういった発想は、現代の日本人にとってはごく自然なものだ。よりよく生きるためには、“問題点探しと改善”以外の道は思い浮かばないのである。
 ところがこういった行動パターンが逆効果になり、悪循環を引き起こしてしまう分野がある。そのひとつが子育てなのだ。ある母親から、「子どもの長所に目を向け、褒めて育てようとは思うのだが、ついアラ探しをしてしまい、イライラが抑えられない」という相談を受けた。この種の悩みは、より良い子育てをしていこうという気持ちが強い親から寄せられることが多い。それは、「問題点を探す…」から始まる行動パターンが習い性になってしまっているからだ。さらに、「すぐ腹を立ててしまうのが、私の問題点だ」と自分を責め、無理をして子どもの長所を探す努力を続けていると、ストレスの末に怒りの大爆発となってしまう。
 「どのようにカイゼンしていけばよいのでしょうか?」という相談なのだが、この親に必要なのは、カイゼンではなく、“ゆるんだ生き方”による心の余裕なのだ。

 「高度経済成長後の消費経済の発達や、金儲け優先主義が、現在の日本社会の歪みの元凶であり、ひいては子育ての混迷の原因にもなっている」という見方がある。もちろんそういう面も大きいだろう。しかし高度経済成長による一番の“負の財産”は、「“問題点探しと改善”こそが、幸福追求のための唯一の道だ」と誰もが思いこみ、“ゆるんだ生き方”と“ゆるめない生き方”のバランスが崩れてしまったことにあるのではないだろうか。
 ただ、これに関しても、「“問題点探しと改善”という発想こそが、効率と利潤の追求を最優先する“企業の論理”そのものだ」という批判が出てくるかもしれない。しかし、問題はそう単純ではない。なぜなら、こういった行動パターンは、庶民の生命や権利を守る手段としても機能してきたからである。

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(6)夢と希望に満ちていた時代

 映画『ALWAYS・三丁目の夕日』の舞台となっている昭和30年代前半は、奇しくも、私の子ども時代と重なる。戦後の混乱期からようやく抜け出し、高度経済成長の前夜を迎えた時代。人々の多くは、“夢と希望の時代の到来”を肌で感じ、前進への活気に満ちていた。映画の背景に出てくる建設途上の東京タワーは、あの時代がもっていた雰囲気の象徴だった。
 白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫がまだ珍しく、今ほど便利でも裕福でもなかった時代。だが人々は、生き生きと毎日を送っていた。生活に追われてはいたが、どこかのんびりとしていて、重圧があっても「まあ、しかたがないさ」と気軽に考える心の余裕があった。そんなゆったりとした時代の空気の中で、人と人との距離は近かった。
 夢に向かって懸命に走りながらも、気持ちに余裕があったのは、“ゆるんだ生き方”と“ゆるめない生き方”との均衡が保たれていたことに、大きな要因があったのではないだろうか。

 “ゆるんだ生き方”は、たとえば、「細かいことは気にしない」というおおざっぱな生活態度である。当時は、小さなケガなら「ツバでもつけておけ」で済まされたし、風邪をひいても「早めに寝ろ」と言われるぐらいで、よほどの高熱でもない限りは、医者の世話にはならなかった。いつも青っぱなを垂らしている子どもがいても、親や先生はさほど気にしているふうではない。サッシがなく隙間が多いので、ハエや蚊が家の中に容易に入ってくるが、今ほど目くじらを立てるようなことはなかった。ケガや病気、ハエや蚊などに対する“心の広さ”は、人に対しても同じで、寛容な態度が人と人との距離を近づけたのだ。
 戦後の焼け野原からたくましく復興していった陰にも、「あしたはあしたの風が吹く」と、ものごとを深刻に受け止めない“ゆるんだ生き方”、そのことによるプラス思考がエネルギーとなっていたのだと思う。

 もっともこういったアバウトな生活観は、発展途上国の人々の暮らしぶりにも共通するものがあるだろう。東南アジアのある国を旅行した日本人は、予定の時刻を30分過ぎても列車が来ないことに苛立ち、駅員に詰め寄った。ところが、周囲にいた現地の人々は誰も騒ぐことなく、悠然と待っていることに気づき、“日本人のせっかちさ”が恥ずかしくなったという。
 しかし一方で、このような“悠然さ”が当たり前の国では、合理的・能率的な生産体制は機能しにくい。それゆえに、貧困から抜け出せないという事態も起こりうる。また、ケガや病気、ハエや蚊に対して寛容すぎると、医療や予防医学への関心が低くなり、伝染病の蔓延を招いてしまうということもありうるだろう。
 日本の社会が、そういった国と同じ道を歩まなかったのは、もちまえの勤勉さと器用さゆえ、“ゆるめない生き方”にも長けた資質をもっていたからなのだ。そういった資質を発揮し、欧米流の近代的な生産スタイルを吸収していった結果、それが高度経済成長として花開くことになる。

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(5)自己責任の重圧

 5ヶ月の赤ちゃんを連れた母親が相談に訪れた。「一日中、ギャーギャーと泣かれるので、気が変になる。赤ん坊を窓から放り投げたくなってしまうこともあり、自分で自分が怖くなってきた」という悩みである。母親が話している横でも、体をのけぞらせ、悲鳴のような声で泣き続ける赤ちゃん。医師の診断も受けたが、特に異状は見つからなかったという。
 いい加減なタイプではなく、むしろ熱心に育児の取り組んでいこうという姿勢の母親だ。子宝に恵まれなかった時期が長く、妊娠がわかった時には、嬉しさのあまり飛び上がったという。そして、「この子のために、精一杯のことをやってあげよう」と思い、お腹の赤ちゃんに語りかけたり、胎教に良いというCDを聞かせたりと、“お腹の中からの育児”を心がけたそうだ。しかし、しばらくしてつわりが始り、思い描いていた計画が狂ってきた。人よりつわりがひどくて、とても胎教どころではなくなったのだ。
 「せめて出産は自然な形でと思っていたのですが、早期破水で陣痛促進剤を使うことになってしまいました。それに、絶対母乳で育ててあげようと思っていたことも、おっぱいの出が悪くて挫折してしまい…」と、顔を曇らせる母親。産後わずか6ヶ月にしてこのありさま、今からこんな調子ではと思うと、すっかり育児に自信をなくしてしまったと嘆く。

 生後3ヶ月ぐらいまでの赤ちゃんの中には、“泣きっぱなし”というタイプの子もいる。特に繊細な赤ちゃんは、出産に伴うストレスや、“外の世界”の刺激によるストレスを発散するため、たくさん泣く必要があるのだ。しかし母親が、「こんな時期もあるさ」という気持ちでゆったりと接していると、だんだん泣かなくなるものだ。ところが、母親が動揺しすぎると、その不安が赤ちゃんに伝わり、泣きっぱなしの状態がかえって長引いてしまうことがあるのだ。
 もっとも出産直後の母親は、精神的に不安定になっても無理はない。母体は、産後1年間ぐらいかけてゆっくりと元の状態に戻っていく。精神的な面でも、安定した状態に戻るには、同じぐらいの期間が必要なのだ。しかしこれも、「しかたがない」と受け流せず、不安定な自分自身に対して焦りが強い母親は、かえって不安が倍加してしまう傾向がある。こういったことも、悪循環の原因となりうるのだ。
 泣きっぱなしなのは、胎教をしてあげなかったせいか? 母乳をあげられないせいなのか?と苛立つ母親に、私はこう語りかけた。「そんなことは関係ないですよ。赤ちゃんが何より望んでいるのは、大好きなママが一緒にいてくれること。どんな理想的な育児法より、ママの存在そのものが、赤ちゃんは一番嬉しいのだから。過ぎたことに心を奪われず、体も心も、赤ちゃんと一緒にいてあげてね」。母親は赤ちゃんを抱きしめたまま、ポロポロと涙をこぼした。すると赤ちゃんはスーッと泣きやみ、すやすやと眠りはじめたのだ。まるで、「ああ、ママが楽になってよかった」と安心したかのようだった。   

 これは極端な例かもしれない。しかし、「選択を誤ったかもしれない」という不安が、現代の母親の心の奥底には、程度の差はあれ主調低音のように響いているのだ。いたずらが過ぎるとか、引っ込み思案だとか、たとえそれが個性の範囲にとどまり心配するに足りないほどのものであっても、「どこで育て方を間違えたのだろうか」という不安がのしかかる。その結果、重苦しい親子関係になり、事態はかえって悪化してしまうのだ。
 しかし、「つわりにもめげず、胎教をやり抜いた。母乳育児も頑張った。お受験戦争を勝ち抜き、有名校に入学させた」という母親からも、子育てに行き詰まったと相談を受けることがある。「私は頑張ってきたのに!」という気持ちが強いと、子どもの小さな欠点を許せなくなる傾向が出てくる。「親として、間違いない選択をしてきた」という自信があるがゆえに、子どもに対するハードルが高くなってしまうのだ。
 選択が正しかろうが、誤りだろうが、「まあ、しかたがない」という良い意味での“あきらめ”さえあれば、心は平静を取り戻し、子育てに行き詰まることは少ないのではないだろうか。

 選択肢が極端に少なく、地縁血縁に縛られたり、大自然の猛威に翻弄されることが多かった時代には、人々は嘆きつつも、「まあ、しかたがない」と気持ちを切り替え、現状を受け入れる技に長けていただろう。しかし選択肢が増え、個々人の努力や工夫によってより安全で快適な生活が手に入りやすくなった現代では、現実を受け入れることができず、イライラしてしまうことが多くなった。そしてその結果、かえって悪い影響が出てしまうことがあるのだ。
 このような時、禅宗では、「“諦める”は“明らめる”に通ず」と教えるのだそうだ。「こだわりを捨て、良い意味であきらめることができると、物の道理が明らかになる」という意味で、なるほどと納得できる気もする。がしかし、その考え方を実行に移すとなると、そう簡単にはいかないだろう。なぜなら現代の日本の社会は、「現状に甘んじないで、あきらめずに頑張る」という行動パターンで、ここまで発展してきたのだから。
 この行動パターンは、意識するしないにかかわらず、現代人の骨の髄までしみ込んでいる。そして、たとえそれが行き過ぎた場合でも、もはや歯止めがきかないところまできてしまっているのである。

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(4)自由であることの大変さ

 私が小学校教師をやっていた頃、研修会などで強調されていたのは、「詰め込み教育ではなく、子どもの自由な発想を生かした授業を」ということだった。たとえば、分母が違う分数同士のたし算を教える時、いきなり通分のテクニックを教えこむのではなく、「どうすれば、異分母分数同士のたし算ができるだろうか」と投げかけ、子どもたちから自由なアイデアを出させるのである。そして、さまざまな選択肢を比較検討した後で、通分の知識に結びつけていく。このようなスタイルの授業が理想とされた。
 しかし、自由な発想を重視した授業で活躍するのは、もっぱら一握りの成績上位の子どもたちだった。もちろん私の指導力不足のせいもあったのだろうが、多くの子どもたちは、討論に参加するだけの考えが浮かばず、ただ感心しながら聞いているばかりだった。そして、通分のやり方のパターンが説明され、実際に練習問題を解く場面になって、やっと生き生きと活動し始めた。しかし、討論に時間をさいたぶん、練習の時間は短くなり、十分な計算技能が身につかないまま終わってしまう子どもも、少なからずいた。

 与えられた自由を享受するためには、それ相応の発想力や創造力が必要だ。そのような才能に恵まれない凡人にとっては、むしろ、「こうしなさい」と指示された方が自信をもって行動できる場合もある。このことは、子育てについても言えるのではないだろうか。
 もちろん、今の若い親たちが創造力に欠けているとは思わない。しかし、「人間を育てていく」という難事業の前には、親とはいえども、よちよち歩きの赤ん坊である。しかも、日本のように、都市化や核家族化が急速に進み、地域の伝統や宗教的なバックグラウンドから一気に切り離されてしまった社会では、よけいに戸惑いは大きいのではないだろうか。
 「母親はこうあるべきだ」「育児はこうするべきだ」ということが、唯一無二に決まっている方が、ある意味、とても楽なのだ。

 もっとも、伝統的な育児法や母親像の代わりに、現代においては、たくさんの育児情報がある。まったくのゼロから創造していくのなら大変だが、豊富な情報が用意されているのだから、ただその中から選べばよいだけではないか。こういう疑問をもつ方もいるだろう。しかし、「自分で選ぶことができる」という自由も、ある意味、とても大変なことなのである。
 胎教の是非から始まって、様々な出産法、「母乳が理想か、こだわる必要はないのか」、「布オムツか紙オムツか」「離乳食は手作りにすべきか」「早期教育は必要か否か」「厳しくすべきか、優しくがいいか」等々、たくさんの選択肢から何を選ぶかということは、わが子のことを考えると、重大な問題である。
 ある母親は言う。「子どもができる前は、そんなにくよくよ悩む方ではありませんでした。自分だけのことだったら、気軽に選べるのですが、子どものこととなると、そうはいきません。将来に影響するのではと思うと、考えれば考えるほど、どれが一番良いのかと悩んでしまうのです」。親としての責任が肩にのしかかっていると、「選択に失敗しやしないか」と不安はつのるのだ。

 紙オムツもミルクも便利な離乳食も、どこを探しても売っていなかった時代。多様な出産法や早期教育など、誰も知らなかった時代。自分の母親も、祖母も、曾祖母も、昔からこうしてきた。隣の奥さんも、向かいの奥さんも、近所の人たちはみんなこうしている。だから私も、同じようにやるだけ。そのような時代は、なんと気楽だったことだろう。
 禅宗の教えに、「飛び込め」という言葉がある。事を前に躊躇しているから不安が生じるのであって、えいっと実行に踏み込めば、迷いは消えるのだ。しかし、池が一つしかないのであれば、飛び込みやすい。そもそも昔の母親は、自分で飛び込んだ覚えはないのに、気がついたら池の中にいたのである。目の前にたくさんの池があり、それぞれの池の中で、「ここが、理想の育児法だよ!」と手を振っている人たちがいる状況では、躊躇してしまうのは当然だし、飛び込んだ後で、やっぱりあっちの方が良かったかもしれないと後悔することも多いのだ。
 「より良い子育てのスタイル」を模索しようとする親にとって、伝統社会からの価値の押しつけという“外敵”が姿を消してきたという意味では、やりやすくなった現代社会。しかし今度は、「自由」というものにまつわる責任の重さや不安という心理的な“内敵”の出現が、前向きであろうとする親たちを苦しめる。子育てに悩む親たちの現状を、一般の人たちが理解しづらいのは、それがおもに「内なる戦い」だからである。

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(3)“らしさ”が失われたわけ

 ある時、子育て支援の核として活動する方たちの、勉強会に招かれたことがある。出席者は、各地域の民生委員などをされている方たちで、年配のご婦人が多かった。そこでは、「この頃の若い母親は、母親らしくない」という意見が多く出され、特に座長役の女性は、ふんまんやるかたないという調子で自説を展開された。
 「最近のママさんたちは、その辺のオネエちゃんと見分けがつかないですね。母親としての自覚が欠けている。あれじゃあ、子どもがまともに育つわけはありません」「昔の父親は、一家の大黒柱として、もっとシャキッとしていたものですよ。今は、デレデレと子どもの言いなりになってるから、けじめのない子になってしまうんです。ねえ、先生?」。いきなり発言を求められ、私は慌てた。デレデレした父親の筆頭のような私としては、なんとも返答のしようがなかった。
 会のあいだ中、その年配の女性のシャキッと伸びた背筋と、迫力のある声には押されっぱなしだった。今年で67歳だというその女性は、今どきの若者よりも、よほど元気に溢れていた。昔だったら、とっくに「隠居暮らし」の年齢なのかもしれないが、今は「熟年パワー」の時代である。「年寄りは、おとなしく引っ込んでいる」というのは昔のイメージで、今どきの年配の方は、ステレオタイプな“概念規定”には縛られない人が増えてきた。引っ込みたい人は引っ込み、積極的に活動したい人は活動する。世間が決めた「年寄りらしさ」ではなく、「自分らしさ」が行動基準なのだ。素敵な世の中になったものである。

 「年寄りらしさ」が行動基準だった時代には、そこから逸脱する人には、「年寄りのクセに」という言葉が浴びせられた。「年寄りは、年寄りらしくしていろ」「年寄りのクセに、若い者のやることに口出しするな」と言い放つ政治家がいたとしても、今ほど大問題にはならなかっただろう。
 同じように、「男らしさ」「女らしさ」が存在していた時代には、「男のクセに」「女のクセに」という言葉も大手を振っていた。「貧乏人のクセに」「子どものクセに」といった言葉を口にする人も多かったはずだ。そのような時代においては、人を年齢や性別、財産の有無などで分けていくという「線引きの論理」が、空気のように存在していた。
 その後、この国は、「人を年齢・性別・財産・社会的地位などで判断しない」という方向に、ほんの少しずつではあるが、歩みを進めてきた。多くの人々の血のにじむような努力によって、「弱者の泣き寝入り」が徐々に改善されてきた。そして、それにともない、人々を隔てる「線引きの論理」としての「らしさ」が失われてきたのは、当然の流れなのだ。

 それは、「母親らしさ」「父親らしさ」についてもしかりである。「女として生まれたからには、結婚をして子どもを産み、子育てに専念するのは当然」「およそ男たるもの、嫁をめとり、子をなし財をなし、強くたくましい一家の大黒柱になるべし」。このような社会的通念が揺るぎないものであった時代には、古い因習を乗り越えて「より良い子育てのあり方」や「新しい子育てのスタイル」を模索しようとする親に対しては、すかさず周囲の人から横やりが入った。線引きの論理は、「それ以上を許さない」という強制力をもっていたのである。
 ところが逆に、社会的な暗黙の了解事項である「親らしい」役割を果たさない者に対しても、周囲の目は厳しかった。「母親らしさ」「父親らしさ」というステレオタイプの縛りは、「それ以下も許さない」という“安全弁”の役割も果たしていたのだ。

 「それ以上も、それ以下も許さない」という社会的なワクが緩むにしたがい、ひとりひとりの親の個性が、如実に子育てに反映されるようになるのは当然だ。自分の欲望のおもむくままに子育てをしようとする「下方向への逸脱」と、「自分らしい、より良い子育て」を模索して努力しようとする「上方向への逸脱」。良くも悪くも、個性的な子育てが可能な世の中になってきた。これが、「親のタイプの二極化」の原因なのではないだろうか。

 昔は、子どもが生まれた瞬間に、社会が用意する「母親らしさ」「父親らしさ」に知らず知らずのうちに取り込まれ、自然に母親・父親になることができた。しかし今の親たちは、子育てを進めていく中で、自分の努力で、「自分らしい母親像・父親像」を発見していかなければならないのだ。
 それにしても、年配者の目には、「今どきの若い親は、自由を満喫している」と映ることだろう。しかし、時として「自由であること」は、「不自由であること」よりも大変なのである。

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(2)「親になりすぎている」親

 女性でも、「子どもを作らない生き方」を選ぶ人が珍しくなくなってきた時代だ。それでも子どもを産み、母親になることを選択した女性たちだから、子育てに対する意識は高い人が多い。ところが、親である責任を感じすぎ、「良い母親になろう」と無理をしすぎて、深刻なストレスを溜めこんでしまうケースが増えている。
 親としての自覚が足りないのではなく、むしろ「親になりすぎている」母親たちだ。理性的に行動しようとするがあまり、どんなに疲れていても子どもの前では笑顔でいよう、腹が立っても怒らないようにしようと、自分の感情を無理に抑え込んで頑張ろうとする。ところが、溜めこみ続けたマイナス感情は、臨界点を越えると一気に吹き出てしまうのだ。これではいけないと、さらに感情を封じ込めようと頑張るので、どんどん泥沼に落ち込んでしまう。このような悪循環の末に、育児放棄や幼児虐待に至ったケースも多いのではないだろうか。

 このような母親にとって、「もっと母親らしくしなさい」「子どもを抱きしめてあげなさい」という言葉はつらい。まず先に抱きしめられるべきは、疲れ切った母親の方なのだ。周囲の人にしっかり支えられ、心を抱きしめられた母親は、必ずわが子を抱きしめることができるようになる。
 Sさんは、カウンセリングに訪れるたびに、苦しい胸の内を訴え、子どものようにおんおん泣いた。やがて、ご主人に対しても、苦しい気持ちを伝えられるようになった。すると次第に気持ちが楽になっていき、子どもにダダをこねられても、しつこく甘えられても、それほどイライラしなくなったのだ。

 Sさんほどではなくても、今の母親は、心に疲れを溜めこんでいる人が多い。
 子育て講演会で話をさせてもらった時、「頑張っているママたちへのプレゼント」として、簡単な実技をやってもらうことがある。母親同士で2人組になり、ひとりは座り、もうひとりはその後ろに立つのだ。そして後ろの人に、「前の人の肩の上を見てください。目には見えないけれども、そこに“親としての大変さ”がたくさん載っている感じでしょう? そのことを感じながら、『いつもよくやっているよ。あなたはステキなお母さんだよ』という思いを込めて、両肩にそっとふれてあげてください」とお願いする。前の人には目を閉じてもらい、ふれられている手のひらの暖かさを、じわっと感じてもらうのだ。次に後ろの人は、「よくがんばっているよ」と言いながら、前の人の頭をなでてあげる。
 このあたりまでくると、最初は照れていた母親たちも、あちらでひとり、こちらでひとりと、次々に涙を流しはじめる。人にふれてもらうと、きつく閉まっていた心の扉が開きやすくなるのだ。体験した母親たちは、「まさか、自分が泣いてしまうとは思いませんでした。自分が思っている以上に、心が疲れているのですね」と、みな一様に驚く。

 このような母親たちがいる一方で、大人としての自覚をもたない「親になりきれていない親」がいる。自分の感情のおもむくままに、勝手な行動を繰り返す親。このようなタイプの親に対しては、逆に、「親らしくしなさい」と、厳しく理性を促すことが必要なのだろう。
 テレビのドキュメンタリー番組で、「叱ってくれること」で有名な占い師の話題が取り上げられていた。「そうやってグダグダ言っていないで、やることやるのっ! もっと、がんばりなさいよ!」と、こっぴどく叱られて涙を流す女子校生は、その日が3回目の来訪だという。「親以上に親身になってくれるんです。うちの親は、叱ってくれないから」というその子の言葉に、なるほどと思った。
 子どもも、大人も、優しく受けとめてもらうことによって実力が発揮できるタイプと、厳しく迫られることによってハッと気づき、理性が働きはじめるタイプの人がいるのだ。

 「親になりきれない親」と「親になりすぎている親」の二極化。このことは、幼稚園や保育園でも、学校でも、現場の先生たちの悩みの種だという。子育て講演会を開いても、来なくても大丈夫な親ばかりが出席し、「話を聞いて反省してほしい」と思うような親は、なかなか来てくれない。「子どもの気持ちを受けとめてあげて」と配布物で呼びかけると、読んでほしい親には無視され、その一方で、過剰反応してしまう親がいる。
 政府や地方自治体が、「子育ての手引き」のような物を配布したとしても、同じような状況を招いてしまうことは想像に難くない。二極化の時代には、親全体を対象とした子育て支援策ではなく、ひとりひとりの親の個性に寄り添える、草の根的な子育て支援策が必要なのだ。

 「それにしても、今どきの母親は、なんと手間がかかることか」と嘆く人もいるだろう。身勝手な親には、「昔の母親は、もっと母親らしかった」と言いたくなるし、気にしすぎる親には、「今の若い人はひ弱すぎる。昔の母親はもっとデンと構えていたものだ」と嘆きたくなるかもしれない。
 しかし親のタイプの二極化は、若い人たちのせいではないのだ。それはいわば、前の世代の人たちが作り上げてきた、今の日本の社会状況、思考様式の変化の、当然の結果なのである。

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(1)「抱きしめてあげて」というCMの功罪

 幼い子どもを車内に閉じ込めたまま、パチンコに興じ、熱射病で死なせてしまった夫婦。泣き声がうるさいという夫に言われるがままに、赤ん坊を簡単に“始末”してしまう母親。最近は、耳を疑いたくなるような事件が多すぎて、どの事件がどれだったか、思い出せなくなるほどだ。
 事件にまで発展するのは、ほんの氷山の一角にすぎないだろう。子どもにカップラーメンしか食べさせない親。車のローンを優先させ、子どもの給食費を滞納する親。大人としての自覚のない親が、今のこの国にはたくさんいるらしい。

 『抱きしめる、という会話』という公共広告機構のCM(2003年)が、話題になったことがある。「自分の子どもなのに愛し方がわからない。まず、子どもを抱きしめてあげて下さい。ちっちゃな心は、いつも手を伸ばしています」というメッセージは、当時、多くの人の共感を呼んだ。子どもに愛情を注ぐということは、そんなに難しいことではない。ちょっとした心がけで、育児放棄や幼児虐待は防げるのだという趣旨だろう。
 ところが、あのCMを見て、ますます苦しい思いを抱え込んでしまった母親たちがいた。「わが子を叩いてしまう」と相談に訪れたSさんも、その一人だった。

 2歳の息子の口ごたえが許せない。特に、「ママ、きらい!」の一言が引き金になることが多く、いつも手が出てしまった後で、はっと我に返る。そして、泣きだした子どもをよそに、布団をかぶったまま、自己嫌悪でもんもんとしているのだという。
 「大人げのなさに、自分でもあきれてしまいます」と苦笑いするSさん。表情を見る限りでは、それほど深刻に思いつめている様子はない。しかし、子どもを叩く回数が日ごとに増えていることを思うと、やはり“幼児虐待予備軍”と言える。
 もともと、あまり子ども好きではなかったそうだ。それが、赤ん坊が生まれると、可愛くて仕方がなかったという。ところがハイハイが始まり、いたずらをするようになった頃から、怒りが抑えられなくなってきた。これではいけないと、育児書を読みあさって努力してみたが、よけいにストレスが溜まり、怒鳴ることが増えてしまったという。
 「書いてあるのは、すべて、もっともなことなのです。他の母親だったら、当たり前にやれているようなことばかり。でも私には、それができない。そう思うと、ダメな自分が責められているようで、読めば読むほど苦しくなってきました」とSさん。

 育児書ばかり読んで、頭でっかちになるからいけないのだ。もっと肩の力を抜いて、楽な気持ちで子育てをしていけばよいのだ。そう思う人もいるだろう。実際、Mさんも、周囲の人から、そのようにアドバイスされた。しかしMさんは言う。「でも、ダメなんです。肩の力を抜こうと思っても、つい力が入り、いろいろと考えすぎてしまって…。自然体になれないところが、私の一番の問題なのかもしれません」。
 なにもかも、よくわかっているのだ。なのに自分の気持ちが抑えられない。思いあまって、心療内科を訪ねたことがあった。簡単に話を聞いてもらった後は、精神安定剤を処方された。だが、帰り際に言われた「まあ、気にしすぎないで」という一言に、打ちのめされたという。「気にしすぎるから、ダメなのだ」と責められたようで、1ヵ月ほど、気持ちが沈みっぱなしだったそうだ。

 いろいろ話をしているうちに、『抱きしめる、という会話』のCMの話題になった。その瞬間、Sさんの顔色がさっと変わったのだ。「気持ちが落ち込むと、子どもに寄ってこられるだけでイライラしてしまうんです。そこで抱きしめてあげればいいということは、よくわかっています。でも、突き飛ばしたい気持ちを必死に抑えながら、『あっちに、いってて』と言うのがやっと…。あのCMを見るたびに、つらくなります」。Sさんは、苦渋に満ちた表情をさらけ出した。にこやかな表情は見せかけで、本当は、そうとう追いつめられていたのだ。

 そんなSさんに、私はこう声をかけた。「一生懸命やってきたのにね。本当はお子さんが大好きで、抱きしめてあげたいのにね…。でも、そうしてあげられないなんて、苦しいね」。Sさんの目から、ボロボロと涙がこぼれた。

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